「【祝R問題】9回目のお盆」「1ブックマーク」
私が受験に合格しても、父は喜ばなかった。
父が喜ばない理由を説明すると、
私は悲しくなった。
なぜ父は喜ばず、なぜ私は悲しくなったのだろう?
※この問題はノックスRさんの「神様ヘルプ!」http://sui-hei.net/mondai/show/7535の外伝として作成したものです。
※※この問題のSP、とりわけ解説文の校正は、さしゃさんにしていただきました。
どうもありがとうございます。
父が喜ばない理由を説明すると、
私は悲しくなった。
なぜ父は喜ばず、なぜ私は悲しくなったのだろう?
※この問題はノックスRさんの「神様ヘルプ!」http://sui-hei.net/mondai/show/7535の外伝として作成したものです。
※※この問題のSP、とりわけ解説文の校正は、さしゃさんにしていただきました。
どうもありがとうございます。
14年07月17日 22:08
【ウミガメのスープ】 [3000才]
【ウミガメのスープ】 [3000才]
解説を見る
お盆になると死んだ人の魂が舞いおりるらしい。
そんなこと信じているわけじゃないけど
仏壇の前、手を合わると、母のことを思い出す。
私の母は私が中学に入ってすぐに他界した。
死因は癌だった。
私は、幼稚園の年長の頃に数か月の間、
祖父母の元で暮らした記憶がある。
おそらくその時、母は最初の入院をしたのだと思う。
私の小学校入学前には退院し
それまでと同じように、私は母、父とともに一緒に過ごした。
そして、小学五年生の時に、母は再び入院した。
その頃私は中学受験をするため
毎日勉強をして過ごしていた。
週三回程度のペースで塾に通い
塾のない日は家で勉強していた。
勉強は嫌いだった。
勉強はさせられているものであり
させているのは親だと考えていたから
その点に関して親を恨んでいた。
それでもなにがなんだか分からないまま勉強していた。
母の入院。
その頃の記憶はあまり定かでない。
もしかしたらショックを受けたかもしれないが
中学受験に受かるために毎日は過ぎた。
母が家にいないのが普通になった。
小学六年の時、夏を越えたあたりに
母は退院し家に帰ってきた。
ずっと寝室にいたと思う。
私の受験の前、十二月に私は寝室に呼ばれた。
遺言だった。
こうありなさいよ、こう生きなさいよ
そんなことを言ったんだと思う。
内容はもう憶えていない。
母は死ぬんだという現実にさらされて
私はただただ泣き叫んでいた。
自分が死んだ後の話をする母。
私は涙が溢れて止まらなかった。
そうして母はまた入院した。
数ヶ月後、私は中学受験に合格した。
そのあとすぐ
四月に母はこの世を去った。
その日
家に帰ると母の危篤を聞いた。
病院に行くか?と父に尋ねられて
私は首を横に振った。
理由は運動をしてくたくただったからとかそんな理由で。
その日に母は死んだ。
母が死んでも涙は出てこなかった。
数日後の葬式で
木製の棺の中に母がいた。
葬式が終わると棺に釘を石で打ち込んだ。
私にも石が手渡された。
何回か打ち込んだ。
もし母が生きていても
釘を打ち込んだら出られなくなるなと思った。
関係者がひととおり打ち込んだ後
葬儀屋が手慣れた手つきで機械的に釘を打ち込んだ。
母がいない生活が再び始まった。
時々母がいないという事実を思い出すだけだった。
私に母がいないということを知った人が時々見せる態度も
かわいそうだねというような言葉も
どうとも思わなかった。
母の死後、数か月してから
父が私に言った言葉がある。
父は、私の中学受験合格を聞いた時、あまり喜んでくれていない気がした。
だから、なぜ喜んでくれないのかと尋ねた。
その時は、お茶を濁したような答えしかくれなかったのだが、
母の死後、数か月した最初のお盆を迎えたとき、父は私の問いに答えてくれた。
「母さんが命と引き換えに、お前を合格させてくれたと思ったからだよ」
ショックだった。
この言葉を聞いて、私は父が嫌いになった。
合格できたのは、私が嫌いな勉強を必死にやってきたからだ。
父がそういう風に思うのは勝手だけれど、そんな言い方をするなんて。
私が合格したせいで、母が死んだのだと、
父に突き付けられたような気がした。
私の努力など、微塵も認めてくれず、母の祈りだけが結果を導いたのだと。
親のくせに、私の気持ちを考えてもくれないなんて、と思った。
今思えば、私は、自分を認めてもらいたい気持ちでいっぱいなだけの
満ち足りない子供だったのだろう。
父の母への愛を理解するよりも、
ただ父の自分への愛を確かめたい子供だったのかもしれない。
思春期を迎える多くの子供がそうであるように
私も理由なく親を疎む人間だった。
そしてこの時の哀しみは立派な理由となり、疎む気持ちは更に強固になった。
私は、月並みな表現ではあるが、グレる、という行動に出た。
あまり品行方正でもなかったし、近所で悪い噂も立てられていたようだ。
特に何が楽しいわけでもなかったが、
何もしないよりも、少しは気分がましになった。
たぶん、あのままだったら、私はろくな人間にならなかっただろう。
救ってもらえたのは、私には私を心配してくれる友達がいたからだ。
今ではもうめったに会うこともないけど。
あの日、痛いくらいの強い力で私の腕を掴み
「もう止めよう?」と諭してくれた、悲しく苦しく優しい響きの声。
誰かの腕の中で、気が済むまで泣いた事なんて
母が私に何かを伝えてくれた日以来、初めての事だった。
小さな子供のようにしゃくりあげる私と手を繋いで
黙って歩いてくれた神社の境内の景色を、私は今も覚えている。
彼は、間違いなく、私の人生を救ってくれた。
それからだと思う。
私がいつも自分の身のまわりで支えてくれる友人、
そして、とりわけ、父を見るようになったのは。
時折、母の写真を手に、ぼんやりと庭を見つめる父の姿に、
歳を取ったな、と思う。
そうやって父は今も母に語りかけているのだろうか。
世間と比べ、決して長いとはいえなかった夫婦であっても、
いや、だからこそその絆には、子供ですら踏み込めはしないのかもしれない。
そう思った時、これまでの父へのわだかまりが、潮が引くように引いて行った。
たぶん、父にも、理由が必要だったのだ。
自分を保つために。
同時に
記憶の中にいるあの母が
あの手のひらが
あの声が
とっくに消えてしまっていて、この世の中にはもうないのだという事実が
今更のように私の心に染み込んでいった。
ふと思った。
父が愛した母はどんな人だったんだろう、と。
母が死んでから父に母のことを聞いて、初めて私は母のことを少しずつ知るようになった。
ビートルズが好きで初来日の時にコンサートを見に行ったとか。
服の趣味がいまひとつ良くなかったとか。
癌で死にゆく時に子供の未来を見つめたような人だったとか。
母が死んでから9年と少しが経った。
お盆になると、死んだ人の魂が舞いおりるらしい。
母が生きていた頃、中学受験をしていたあの頃よりもずっと、
母がそばにいるように思う。
もし母が生きていたら私は何を考えていただろう。
もし母が生きていて私の悩みを聞いてくれたならなんて言ってくれたのだろう。
母が死ぬ前に私に言った言葉は思い出せない。
思い出したいけど思い出せない。
でもこれだけは分かる。
母は40過ぎの若さで死にゆく時に子供を見つめた。
自分がこの世から消えてなくなる時に子供を見つめた。
そんな母のことを思うと
人は本当になにか素晴らしいことがらを
人に伝えるために産まれてきた気がしてくる。
母は死にゆく前に私になにかを伝えていった。
私はなにかを伝えながら生きようと思う。
死にゆく時には愛する人達を見つめて
なにか素晴らしいことを伝えていたいと思う。
母のように。
そんなこと信じているわけじゃないけど
仏壇の前、手を合わると、母のことを思い出す。
私の母は私が中学に入ってすぐに他界した。
死因は癌だった。
私は、幼稚園の年長の頃に数か月の間、
祖父母の元で暮らした記憶がある。
おそらくその時、母は最初の入院をしたのだと思う。
私の小学校入学前には退院し
それまでと同じように、私は母、父とともに一緒に過ごした。
そして、小学五年生の時に、母は再び入院した。
その頃私は中学受験をするため
毎日勉強をして過ごしていた。
週三回程度のペースで塾に通い
塾のない日は家で勉強していた。
勉強は嫌いだった。
勉強はさせられているものであり
させているのは親だと考えていたから
その点に関して親を恨んでいた。
それでもなにがなんだか分からないまま勉強していた。
母の入院。
その頃の記憶はあまり定かでない。
もしかしたらショックを受けたかもしれないが
中学受験に受かるために毎日は過ぎた。
母が家にいないのが普通になった。
小学六年の時、夏を越えたあたりに
母は退院し家に帰ってきた。
ずっと寝室にいたと思う。
私の受験の前、十二月に私は寝室に呼ばれた。
遺言だった。
こうありなさいよ、こう生きなさいよ
そんなことを言ったんだと思う。
内容はもう憶えていない。
母は死ぬんだという現実にさらされて
私はただただ泣き叫んでいた。
自分が死んだ後の話をする母。
私は涙が溢れて止まらなかった。
そうして母はまた入院した。
数ヶ月後、私は中学受験に合格した。
そのあとすぐ
四月に母はこの世を去った。
その日
家に帰ると母の危篤を聞いた。
病院に行くか?と父に尋ねられて
私は首を横に振った。
理由は運動をしてくたくただったからとかそんな理由で。
その日に母は死んだ。
母が死んでも涙は出てこなかった。
数日後の葬式で
木製の棺の中に母がいた。
葬式が終わると棺に釘を石で打ち込んだ。
私にも石が手渡された。
何回か打ち込んだ。
もし母が生きていても
釘を打ち込んだら出られなくなるなと思った。
関係者がひととおり打ち込んだ後
葬儀屋が手慣れた手つきで機械的に釘を打ち込んだ。
母がいない生活が再び始まった。
時々母がいないという事実を思い出すだけだった。
私に母がいないということを知った人が時々見せる態度も
かわいそうだねというような言葉も
どうとも思わなかった。
母の死後、数か月してから
父が私に言った言葉がある。
父は、私の中学受験合格を聞いた時、あまり喜んでくれていない気がした。
だから、なぜ喜んでくれないのかと尋ねた。
その時は、お茶を濁したような答えしかくれなかったのだが、
母の死後、数か月した最初のお盆を迎えたとき、父は私の問いに答えてくれた。
「母さんが命と引き換えに、お前を合格させてくれたと思ったからだよ」
ショックだった。
この言葉を聞いて、私は父が嫌いになった。
合格できたのは、私が嫌いな勉強を必死にやってきたからだ。
父がそういう風に思うのは勝手だけれど、そんな言い方をするなんて。
私が合格したせいで、母が死んだのだと、
父に突き付けられたような気がした。
私の努力など、微塵も認めてくれず、母の祈りだけが結果を導いたのだと。
親のくせに、私の気持ちを考えてもくれないなんて、と思った。
今思えば、私は、自分を認めてもらいたい気持ちでいっぱいなだけの
満ち足りない子供だったのだろう。
父の母への愛を理解するよりも、
ただ父の自分への愛を確かめたい子供だったのかもしれない。
思春期を迎える多くの子供がそうであるように
私も理由なく親を疎む人間だった。
そしてこの時の哀しみは立派な理由となり、疎む気持ちは更に強固になった。
私は、月並みな表現ではあるが、グレる、という行動に出た。
あまり品行方正でもなかったし、近所で悪い噂も立てられていたようだ。
特に何が楽しいわけでもなかったが、
何もしないよりも、少しは気分がましになった。
たぶん、あのままだったら、私はろくな人間にならなかっただろう。
救ってもらえたのは、私には私を心配してくれる友達がいたからだ。
今ではもうめったに会うこともないけど。
あの日、痛いくらいの強い力で私の腕を掴み
「もう止めよう?」と諭してくれた、悲しく苦しく優しい響きの声。
誰かの腕の中で、気が済むまで泣いた事なんて
母が私に何かを伝えてくれた日以来、初めての事だった。
小さな子供のようにしゃくりあげる私と手を繋いで
黙って歩いてくれた神社の境内の景色を、私は今も覚えている。
彼は、間違いなく、私の人生を救ってくれた。
それからだと思う。
私がいつも自分の身のまわりで支えてくれる友人、
そして、とりわけ、父を見るようになったのは。
時折、母の写真を手に、ぼんやりと庭を見つめる父の姿に、
歳を取ったな、と思う。
そうやって父は今も母に語りかけているのだろうか。
世間と比べ、決して長いとはいえなかった夫婦であっても、
いや、だからこそその絆には、子供ですら踏み込めはしないのかもしれない。
そう思った時、これまでの父へのわだかまりが、潮が引くように引いて行った。
たぶん、父にも、理由が必要だったのだ。
自分を保つために。
同時に
記憶の中にいるあの母が
あの手のひらが
あの声が
とっくに消えてしまっていて、この世の中にはもうないのだという事実が
今更のように私の心に染み込んでいった。
ふと思った。
父が愛した母はどんな人だったんだろう、と。
母が死んでから父に母のことを聞いて、初めて私は母のことを少しずつ知るようになった。
ビートルズが好きで初来日の時にコンサートを見に行ったとか。
服の趣味がいまひとつ良くなかったとか。
癌で死にゆく時に子供の未来を見つめたような人だったとか。
母が死んでから9年と少しが経った。
お盆になると、死んだ人の魂が舞いおりるらしい。
母が生きていた頃、中学受験をしていたあの頃よりもずっと、
母がそばにいるように思う。
もし母が生きていたら私は何を考えていただろう。
もし母が生きていて私の悩みを聞いてくれたならなんて言ってくれたのだろう。
母が死ぬ前に私に言った言葉は思い出せない。
思い出したいけど思い出せない。
でもこれだけは分かる。
母は40過ぎの若さで死にゆく時に子供を見つめた。
自分がこの世から消えてなくなる時に子供を見つめた。
そんな母のことを思うと
人は本当になにか素晴らしいことがらを
人に伝えるために産まれてきた気がしてくる。
母は死にゆく前に私になにかを伝えていった。
私はなにかを伝えながら生きようと思う。
死にゆく時には愛する人達を見つめて
なにか素晴らしいことを伝えていたいと思う。
母のように。
「【17ピース びびたん】」「1ブックマーク」
無実の罪で閉じ込められたびびたんを魔法で救出したマコ。
びびたんの体は17パーツに分かれて泣き叫び、
駆けつけた見張りは8パーツを見て驚愕した。
一体どういう状況!?
びびたんの体は17パーツに分かれて泣き叫び、
駆けつけた見張りは8パーツを見て驚愕した。
一体どういう状況!?
14年05月24日 23:53
【ウミガメのスープ】 [のりっこ。]
【ウミガメのスープ】 [のりっこ。]
解説を見る
無実の罪で【牢屋】に閉じ込められたびびたん。
びびたん『俺は無実だ!!!!!
早くここから出せ!!!!!』
まずは想像してみて欲しい。
【鉄格子の縦の部分を両手で掴み】、
牢屋の中から必死で叫ぶびびたん。
そこへ、何処からともなく
親切な魔法使いのマコがやって来た。
マコは、
【触れた物質が形成する空間を切り取り、
瞬間移動させる魔法】
を使って、
【びびたんを別の場所に移動させ救出する為に牢屋に触れ、
牢屋ごと瞬間移動させた。】
その際、びびたんは
『助けに来てくれたんだな!!!!!
ありがとう、マコたん!!!!!』
魔法をかけられる瞬間も、
身を乗り出そうと両手でガッシリと鉄格子を掴んだ状態だった。
つまり、マコが瞬間移動させた
【牢屋が形成する箱型の空間】
の中に、
【びびたんの両手の親指以外の4本ずつ、
計8本の第二関節付近のパーツ】
は鉄格子の外部にはみ出ていた為に含まれておらず、
瞬間移動の一瞬でスパッと切り落とされたのだ。
牢屋ごと、別の場所に瞬間移動したびびたん
『ギャアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!
指が………指がああああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!』
(´;Д;`)
びびたんの足下には切り落とされた8つの指先………
一方、びびたんが居た牢屋に見張りが駆けつけると、
牢屋が綺麗に跡形もなく消えており、
そこには指の第二関節付近らしきパーツが、
8つ転がっていたのであった……………
びびたん『俺は無実だ!!!!!
早くここから出せ!!!!!』
まずは想像してみて欲しい。
【鉄格子の縦の部分を両手で掴み】、
牢屋の中から必死で叫ぶびびたん。
そこへ、何処からともなく
親切な魔法使いのマコがやって来た。
マコは、
【触れた物質が形成する空間を切り取り、
瞬間移動させる魔法】
を使って、
【びびたんを別の場所に移動させ救出する為に牢屋に触れ、
牢屋ごと瞬間移動させた。】
その際、びびたんは
『助けに来てくれたんだな!!!!!
ありがとう、マコたん!!!!!』
魔法をかけられる瞬間も、
身を乗り出そうと両手でガッシリと鉄格子を掴んだ状態だった。
つまり、マコが瞬間移動させた
【牢屋が形成する箱型の空間】
の中に、
【びびたんの両手の親指以外の4本ずつ、
計8本の第二関節付近のパーツ】
は鉄格子の外部にはみ出ていた為に含まれておらず、
瞬間移動の一瞬でスパッと切り落とされたのだ。
牢屋ごと、別の場所に瞬間移動したびびたん
『ギャアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!
指が………指がああああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!』
(´;Д;`)
びびたんの足下には切り落とされた8つの指先………
一方、びびたんが居た牢屋に見張りが駆けつけると、
牢屋が綺麗に跡形もなく消えており、
そこには指の第二関節付近らしきパーツが、
8つ転がっていたのであった……………
「買ったはいいが」「1ブックマーク」
自
分へのプレゼントを買った女。
しかし、それを受け取った瞬間、店を出てすぐに捨てることを決意した。
いったいなぜ?
分へのプレゼントを買った女。
しかし、それを受け取った瞬間、店を出てすぐに捨てることを決意した。
いったいなぜ?
14年04月22日 20:25
【ウミガメのスープ】 [ツォン]
【ウミガメのスープ】 [ツォン]
解説を見る
自
分へのプレゼントに花を買った女。
しかし、その店は個人商店。
花を包む包装紙は新聞紙で、よりによってお悔やみのページだった。
スプレー菊やカーネーション、金魚草などと、確かに仏花になりうる花が好きなんだが、それがお悔やみのページでくるまれているのはさすがに萎えた。
かといって店員には非はないが、そのまま持って帰るには辛い…。
店からでて、少し離れたコンビニのゴミ箱にそっと捨てた。
分へのプレゼントに花を買った女。
しかし、その店は個人商店。
花を包む包装紙は新聞紙で、よりによってお悔やみのページだった。
スプレー菊やカーネーション、金魚草などと、確かに仏花になりうる花が好きなんだが、それがお悔やみのページでくるまれているのはさすがに萎えた。
かといって店員には非はないが、そのまま持って帰るには辛い…。
店からでて、少し離れたコンビニのゴミ箱にそっと捨てた。
「絶望のサイハテに」「1ブックマーク」
絶望した男はそれが見えなくなったことでさらに絶望した。
もう一度それをみることができたがもっと絶望した。
そして男は自殺した。
状況を説明してください
もう一度それをみることができたがもっと絶望した。
そして男は自殺した。
状況を説明してください
13年01月25日 18:24
【ウミガメのスープ】 [ていおう]
【ウミガメのスープ】 [ていおう]
皆さんのご参加お待ちしています
解説を見る
男の手のひらに天使が現れた。
この世界に絶望している男は何の疑いもなくそれを信じた。
「欲しいものを5つ言ってみて?」
妖精が言った。男は何も考えずに
「金と女と地位と親友と豪邸が欲しい‼」
そう言うと、天使は消えてしまった。
ああ、どうせ幻覚だろう。そう思って絶望した。
男はできるならまた見たいなと思っていた
するとまた天使が現れて
「アンケートご協力ありがとうございました」
なんだ、貰えるんじゃないのか。
男はまた絶望し、自殺した
この世界に絶望している男は何の疑いもなくそれを信じた。
「欲しいものを5つ言ってみて?」
妖精が言った。男は何も考えずに
「金と女と地位と親友と豪邸が欲しい‼」
そう言うと、天使は消えてしまった。
ああ、どうせ幻覚だろう。そう思って絶望した。
男はできるならまた見たいなと思っていた
するとまた天使が現れて
「アンケートご協力ありがとうございました」
なんだ、貰えるんじゃないのか。
男はまた絶望し、自殺した
「子供に申し訳ない・・・」「1ブックマーク」
貴
腐人となりかけていた工口ますか だが何の因果が結婚できた
相手はますかの趣味を理解は出来ないが放置してくれる仏の様な存在だった
その為、ありがたく腐道を没頭するますか
数年後、愛する夫との間に男の子が産まれた
その後 ますかは腐の道をきっぱり捨て去った
何故?
【参加テーマ・好きな漫画のジャンルは?】
腐人となりかけていた工口ますか だが何の因果が結婚できた
相手はますかの趣味を理解は出来ないが放置してくれる仏の様な存在だった
その為、ありがたく腐道を没頭するますか
数年後、愛する夫との間に男の子が産まれた
その後 ますかは腐の道をきっぱり捨て去った
何故?
【参加テーマ・好きな漫画のジャンルは?】
14年04月17日 19:52
【ウミガメのスープ】 [アザゼル]
【ウミガメのスープ】 [アザゼル]
解説を見る
優
しい夫 蟹張と結婚した工口万寿香(コウグチ マスカ)は蟹張万寿香(カニバリマスカ)となった
そして念願の男子誕生!
マスカはこの子にティコと名付けた。少し変わった名前だが皆 納得してくれた・・・のだが・・・
実は『蟹張ティコ』は彼女の趣味である腐道の者なら誰でも知っている美少年の名前だった(グッチョグッチョ系BL漫画漫画の主人公)
このままではいずれバレる・・・そうなったらこの子の未来は・・・
仕方が無い。マスカは断腸の思いでコレクションを処分し 腐道の仲間と縁を切ったのだった
まあ、いずれバレるでしょうが
しい夫 蟹張と結婚した工口万寿香(コウグチ マスカ)は蟹張万寿香(カニバリマスカ)となった
そして念願の男子誕生!
マスカはこの子にティコと名付けた。少し変わった名前だが皆 納得してくれた・・・のだが・・・
実は『蟹張ティコ』は彼女の趣味である腐道の者なら誰でも知っている美少年の名前だった(グッチョグッチョ系BL漫画漫画の主人公)
このままではいずれバレる・・・そうなったらこの子の未来は・・・
仕方が無い。マスカは断腸の思いでコレクションを処分し 腐道の仲間と縁を切ったのだった
まあ、いずれバレるでしょうが