うしけずりのはつこいのはなし 〜その2・せなか〜(問題ページ)
片思いの相手、
芽訪れさんを見かけては、彼女に背中を見せる
牛削り。
何をしているの? そんなに広背筋に自信があるの?
14年10月16日 00:07
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[牛削り]
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前作「うしけずりのはつこいのはなし 〜その1・あくしゅ〜」
http://sui-hei.net/mondai/show/12288
好きな子の写真が欲しい。
これは全く変態的な欲求などではなく、恋する者にとって至極当然な感情だろう。
にも関わらず、人はそれを恥ずかしいと思ってしまう。
誰にも知られたくないと隠してしまう。
中学2年生の頃の僕もそうであった。
給食室前の廊下に貼り出された運動会の写真。
一番でゴールテープを切る、輝いた芽訪れさんの写真を、どんなに欲しかったことか。
販売期間中、何度も何度もその廊下を行き来しては、横目でチラッと、その写真を見ていた。
しかし結局、その写真の番号を注文用紙に記入することはできなかった。
2年生になり、芽訪れさんとは別々のクラスになった。
毎日放課後、机をつなげておしゃべりする習慣もなくなり、交流はゼロに等しくなった。たまにすれ違っても、挨拶すらすることはなかった。
結局、単に委員会が一緒、という関係に過ぎなかったのである。
クラス替えと一緒に心も変わってしまえばいいのに、僕の目はいつでも芽訪れさんを見つけてしまうのだった。
晩夏。林間学校。
かまどで薪の準備をしていた僕の目が、いつもと同じように、芽訪れさんを見つけた。
彼女は調理場でニンジンを切っていた。先生の言いつけ通り、猫の手を固く握りしめながら。
どうやら、料理はあまり得意ではなさそうだ。手つきがかなり危なっかしい。
僕は自分の作業もそっちのけに、彼女の姿を見ていた。
(話しかければいいんだよ、前みたいに気軽にさ)
(そんで、料理のアドバイスしてやれよ、得意なんだろ?)
頭の中で、何人もの無責任な僕が騒いでいる。
(そう簡単にいくか。もう僕の顔なんか忘れているさ。いいんだ、こうして見ているだけで)
そこへ、記録係のカメラマンが現れた。
彼は薪割りをする僕らを数枚撮ったあと、班の集合写真を撮ってやると言った。
その時、僕は閃いた。
「あの、こっち向きでもいいですか?」
僕は芽訪れさんの方に背中を向け、カメラマンに尋ねた。
「いいよ、じゃあみんな、そっちに並んで……はいチーズ」
僕の背後には、小さくても芽訪れさんが写り込んでいるはずである。
そしてこれは、僕が恥ずかしがることなく正当に買うことのできる写真である。
その日僕は、芽訪れさんを見かけては、彼女に背を向け写真を撮ってもらったのだった。
数日後、廊下に貼り出された写真には、案の定、芽訪れさんと僕が一緒に写っているものが数枚あった。
嬉々としてその番号を書き取ったが、すぐにその手が止まってしまった。
──熱心に切ってるね。美味しくできそう?
──あ、牛削り君。うーん、わかんない。あたし不器用なんだよね。
──イチョウ切りはこうやってまとめてやると切りやすいよ。
──そうなの? やってみるね。そっちはどう?
──おう、どこの班よりたくさん薪を割ってやったぜ!
──おお、精が出るね。
──精が出る、なんて初めて使ったでしょ。
──あ、ばれた?
憧れの人と、交わしたかった会話。
もう何度、夢の中で反復されただろう。
ちょっと勇気を出せば、できたはずなのに。
もう一度、芽訪れさんが小さく写った写真を見る。
違う。欲しいのはこんなものじゃない。
僕は手の中の注文用紙を破いた。
そして自分の臆病の証に背中を向けて、しばらくはその廊下を通らなかった。
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簡易解説
芽訪れさんの写真が欲しいが故に、
こっそり一緒に写るために背中を向けた。
総合点:3票 伏線・洗練さ:1票 物語:2票
伏線・洗練さ部門SoMR【
投票一覧】
「トリックの核はあるあると言えるほどのネタではないにも関わらず,情景が実に鮮明に脳内で上演される.まるで映画のワンシーンのような…何と表現したら良いのか分からず,とんちんかん表現を恐れずに言うと,映画や小説は“新しいあるあるを創造している”のではないだろうか,と妙な事を思ってしまった.黄色いハンカチを干す,なんじゃこりゃ,牢獄のポスターの裏を掘って脱獄,ブレーキランプ五回…このシーンもそれら名シーンの仲間という感じがする.良い.」
2016年11月17日03時
物語部門華【
投票一覧】
「納得感部門と物語部門、どちらに投票しようか悩みました、とても共感でき納得のいく解説で、しかもまるで小説を読んでいるかのように引き込まれます。素晴らしい作品です。」
2015年06月14日00時
物語部門とかげ【
投票一覧】
「片思いの相手に背中を見せ続ける理由が判明したとき、忘れていたあの日の記憶が思い出されました。共感できるストーリーです。」
2015年06月13日23時