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ウミガメのスープ 本家『ラテシン』 
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正しい時刻(問題ページ

は腕時計に目をやった。
十五分ほど遅れているようである。

(今、正しい時刻に合わせれば、奴を殺せるかもしれない)

どういうことかわかるかい?
14年09月25日 19:22
【ウミガメのスープ】【批評OK】 [牛削り]



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が痛い。こんな激痛は初めてだ。
おそらく、私はもうすぐ死ぬのだろう。
36年。短い生涯であった。

小さい頃、ちょっとした非行少年だった。
ある法務教官に世話になって以来、法曹を志すようになった。
親譲りで物覚えが悪く、法律関連の試験はことごとく落ちた。
結局、法曹は諦め高校教師になった。それでも、せめて少しでも法に近いところにいたいと、生徒指導を買って出た。
生徒たちは毎日のように問題を起こした。しかし皆、しっかり向き合うことで、考えを改めてくれた。
これで良かったのだ、と思っていた。
若者の非行を未然に防ぐことのできる位置で法秩序に貢献できるし、忙しい法曹では得られなかったであろう妻や娘との時間も作れる。
幸せだった。

あの日までは。

5歳になる娘のれいが殺された。
この近辺で起きている幼児連続殺人事件の被害者の一人になったのだ。
何故私の娘が。何故まっとうに生きてきた私がこんな目に。
憤りと悲しみは尽きなかった。
妻は耐えられなくなり、田舎に戻っていった。
しかし、私には悲しむより他にすべきことがあった。

れいの事件で、私は警察も見落としたささいな証拠から、犯人は私の教え子の中にいるらしいと気付いた。生徒数人に話を聞き、漆原が犯人だと確信した。

漆原大吾。三年生。
学校イチの問題生徒で、何度も指導したことがある。万引きした店に一緒に謝りに行ったし、危ない連中のところに出入りしているのを見つけては引っ張り出した。漆原のことならだいたい把握している、つもりだった。

──あいつが。

私は漆原行きつけのバーで奴を見つけ、うちで飲まないかと誘った。奴は素直についてきた。
事件のことで水を向けると、私のことを舐めているのか、すぐに自供した。いや、むしろ自慢というべきか。

「俺すごくね? ケーサツ超警戒してんのに、裏かいて毎週一人ずつ殺ってんだぜ。こないだのガキはケッサクだったな。目ェ潰してやったら、見えねーから俺のこと父親だと勘違いしてやんの。『パパ助けて』とかうるせーから、ノドをぶっさしてやったぜ」

れいのことだ。すぐに思い至ったが、脳がその結論を拒否していた。

「漆原、自首しなさい。今なら……いや、もう取り返しはつかないが、君は償わなければいけない」

「はあ!? 自首!? するわけねーじゃん。何言ってんの? 誰も得しねーじゃん。いつもなあなあで済ませるてめえだから言ってんのに」

なあなあで……。生徒にとって私の指導はそんなものだったのか。

「ダメだ。先生も一緒に行く。自首しよう」

漆原の手を引いた。

「ざけんな」

漆原は反対の手で手近な置物を掴み、殴りかかってきた。私はとっさに、左手でそれを防ぐ。手首に当たり、激痛が走る。うつむいた私の後頭部に、次の打撃が。

そこで、記憶は途絶えている。


かろうじて目を開くと、床に投げ出された私の左手が見えた。腕時計のガラスが割れて、針は動いていない。先ほどの衝撃で壊れてしまったらしい。
23時45分。これが犯行時刻だ。漆原は逃げてしまったようだ。

と、壁の柱時計の鐘が24時を告げた。
日付が変わった

私は漆原のことならだいたい把握している。
今日は、奴の18歳の誕生日だ。

瞬間、朦朧とした頭の中に、膨大な情報が流れ込んできた。



  "刑法第199条 人を殺した者は、 死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。"

  "年齢計算ニ関スル法律第2項  加齢する時刻は誕生日前日午後12時とする。"



そして、"少年法第51条……



凶器の置物は転がっている。漆原には指紋を拭う知恵はない。私の手帳には、漆原が犯人だという推理に至るまでの過程が事細かに記されている。
奴が捕まるのも時間の問題だろう。
もう一度腕時計を見る。23時45分。 その時奴は、17歳



  "少年法第51条第1項  罪を犯すとき18歳に満たない者に対しては、死刑をもつて処断すべきときは、無期刑を科する。"


つまり奴が捕まったとしても、犯行時に17歳だったことが証明されれば死刑になることはありえない。


そのとき私は、自分の脳内に飛来したひとつの悪意に、身震いした。

思う。


法とはなんだろう。
私の信奉してきた、法とは。

知っているはずのことなのに、今はじめて、それを学んだような気がした。

法とは、裁くべきものを裁き、守るべきものを守る、ためのものである。

あいつは、漆原はどちらだろうか。
私は数秒間、目を閉じた。

様々な光景が浮かんでは消えていく。
罪を犯した生徒、立ち直って卒業していった青年、愛する妻、そして愛していた娘。
こうして死の間際に意識が戻ったのは、法という神から与えられた試練なのかもしれない。

目を開く。
何も問うべきことなどない。
最期まで法に生きよう。

私はこの身に残ったすべての力で、腕時計の針を" 正しい時刻"に合わせた。





─────────────────────

略解説

18歳の誕生日を目前に控えた少年に殴られた。
この時に腕時計が壊れ、犯行時刻で止まってしまう。
犯行時に18歳未満だった者は少年法により死刑にならないため、
腕時計の針を進め、犯人が18歳になってからの犯行に偽装した。
総合点:30票  チャーム:2票  納得感:7票  トリック:2票  伏線・洗練さ:5票  物語:14票  


チャーム部門からす山
投票一覧
「正しい時刻に合わせれば、奴を殺せる……。不穏な語り。本当にそんなことが出来るのか?そもそもなぜそんなことをするのか?ミステリアスな謎だらけで、ぜひ推理小説のような鮮やかな解決を早く見たくなるものです。」
2017年10月10日21時
チャーム部門letitia
投票一覧
「遅れている時計を合わせる、それだけの日常的な行動が、人を殺す。これだけで、チャームとして十分すぎるでしょう。チャームとは「解説を知らない状態で解いてみたくなる問題文」という要素なのかもしれません。しかし、私は解説を知ってからも、この「正しい時刻」というタイトルを、問題文を見るたびに感情がこみ上げてくるのも、「問題文の魅力」という意味でチャームなのではないかと思います。」
2015年12月31日19時
納得感部門からす山
投票一覧
「この真相にたどり着けば、「奴を殺せるかもしれない」「殺したい」という私の気持ちに納得せざるを得なくなります。「正しい時刻」に、合わせさえすれば……。私の現状を考えれば、まず、何よりも最初に、問題文のようなことを考えるだろうな、だからこの問題文を最初に持ってくるのもとても自然ーーということもあわせて、納得しました。」
2017年10月22日20時
納得感部門ナ。ビスコ
投票一覧
「深い解説を読み進めると分かる事の真相。一見、繋がらないように見えますが再度じっくり読み返すとなるほど。。。。深い納得とその余韻に浸れる。そんなスープでした。」
2017年06月03日09時
納得感部門蓮華
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「再読しました。ベールがとても厚いのに、解説を読むとこの解答以外にあり得ないと思えるほどの納得感。「正しい」とは何なのか。タイトルも演出に大きくかかわっていると思います。」
2016年05月14日18時
納得感部門エリム
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「腕時計を見る場面の一人称や語尾からうかがえる主人公の真面目な人物像。それと裏腹の、次に生まれた思考。真実が明らかになると、それはもうこうなるよな・・・と思います。問題文にあるちょっとした違和感も解消される、問題文と解説の連動が見事な1編です」
2015年11月16日23時
納得感部門bears
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「この短い問題文からここまで納得のいくストーリーがあるとはおもいませんでした。」
2015年05月13日22時
納得感部門かきかき
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「問題文のベールが厚いのに、解説ですべてが上手につながる、この納得感はすごいです。」
2015年05月12日20時
納得感部門tsuna
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「問題文を読んだ時にここまで衝撃を受けるとは思いもよりませんでした」
2015年04月23日01時
トリック部門からす山
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「説明するのも蛇足と思えるほどの、重厚で綿密なトリック。これを回答者として徐々に解いていった人たちはどんな気分だったのか、とても気になります。」
2017年10月22日20時
トリック部門ツォン
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「お見事、といわざるをえない」
2015年05月12日13時
伏線・洗練さ部門からす山
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「熱量を感じる、一人分の人生の重みすら感じる凄まじい物語。圧倒的な完成度です。問題文も解説も、すべての叙述に力が入っています。」
2017年10月10日20時
伏線・洗練さ部門低空飛行便
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「問題文の段階で明らかになっている情報も、質問によって暴かれる事実も、全てはつながっています。これらが芋づる式に現れ、参加者や閲覧者がその全貌を見るとき、絶句する他ありません。少し詳しめに書いてみます。以下、本当に【!!ネタバレ注意!!】です。まず問題文より、腕時計が遅れていること、「奴」の存在(「奴」という呼び方もポイントです)、「奴」を殺そうという意志(強い敵意と言い換えて良いでしょう)から、腕時計は「奴」に壊されたことがうかがえます。身につけている腕時計が壊されたということは、それ相応の被害を私が受けたことがうかがえます。被害を受けた私がそれでも「奴」を殺せるということは、「奴」を殺す手段は直接的ではないということがうかがえます。遅れた時計を進めて正しい時刻にすることと「正しい」という言葉のダブルミーニングが、法による裁きを連想させます。……どうすればこんな論理が作れるのでしょうか。推薦文を書きながら恐ろしい気分になってきました。」
2017年09月26日01時
伏線・洗練さ部門レイブン
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「語り継がれるべき名作だと思う。」
2016年08月07日19時
伏線・洗練さ部門みん
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「シーンの切り取り方、見せ方が素晴らしく、惹きつけられる問題文で見事だと思いました。」
2016年05月06日11時
伏線・洗練さ部門letitia
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「この問題に出会ってから、読み返すこと数十回。読めば読むほど、「正しい」という表現に込められた意味が染みてきます。しかし出題者は、その何十倍何百倍も読み返し練りに練った問題文と解説でしょう。緻密な論理と水平思考、そして「問題に対する熱」の結晶のような作品です。誇れる問題を作る、というのはこういうことなのでしょう。」
2015年12月31日19時
物語部門からす山
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「鳥肌の立つような、人間一人分以上の人生をも飲み込んだ、凄まじい、鬼気迫る物語。法とは何か。命とは何か。法は、命を守るもの。守るべき、命を。守るべき……命。守るべき命の、定義とは?私は最後に、究極の選択を迫られる。出発点にして、根源的にして、究極的な問い、選択。自分の選択が、一人の人間の命を、比喩ではなく本当に左右する。法曹になり損ねた、いわば出来損ないの私が、今、この瞬間だけは、一人の人間の命を実質的に裁く権利を持つという、この皮肉な現実。「正しい時刻」は、どちらなのか。選択にはほんの数秒間ほどだが要した、けどそこに決して迷いはなかった、その数秒間はきっと、迷うためではなく、自分の信じてきた、法というものを振り返るための、選択へと至るためにただ必要だった、ただそれだけの時間。私が選択するのは、「正しい時刻」。漆原は、あるいは死刑になるだろう。ならないかもしれない、無期懲役で済むかもしれない。それは私の決めることではない。私に出来ることは、「正しい時刻」に合わせることのみ。あとは、運命を天に任せるのみ。私は、最後の最後、法に生きることが出来た、今は、少なくとも今のこの瞬間だけは、悔いはないーー。ーー拙い文章しか書けない自分が恨めしいです。自分が想像する「私」の思いが、どこまで正しいかは分かりません。作者の牛削りさんでさえ、分からないのかもしれません。けれども、自分は、「私」が合わせたのが「正しい時刻」であったとーーたとえ誰かに「それは間違いだ」と言われたとしてもーー信じます。」
2017年10月22日21時
物語部門あたりめ屋
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「物語として、この問題は完成している。時間を合わせる、に込められた謎も、この物語あってこその魅力だと感じる程の完成度。作品として評価したい問題です。」
2017年10月12日11時
物語部門ナ。ビスコ
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「す、凄い。。凄いとしか言えません。法律についてまだまだ未熟ではありますが実際にあるものなんでしょうか?作られたものであってもこれほどマッチするとは。。。」
2017年06月03日09時
物語部門ゴトーレーベル
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「初読時、作品で描写された強く暗い情念と、作者のすさまじいエネルギーに言葉を失ったのは今でもよく憶えています。どこかの雑談で、この作意が成立するかどうか綿密に調査したと作者が述べておられたのも印象に残っています。これまで投票しなかったのは、暗く救いのない話が好みでなかったからという理由だけです。今こそ一票を投じます。力作にして、文句なしの傑作。」
2016年07月18日12時