女は駐車場に車を止めて、店で買い物を楽しんでいた。
「あら、このお洋服は坊やに似合うかもしれないわ。でも、坊やは駐車場の車の中だし……もう、一緒に連れてくればよかった!」
女が駐車場に戻ると、停めてあった車のガラスを割られていることに気付いた。
「車内にいる子どもが危ない!熱中症の危険が!」
そう判断した通りすがりの男が、女の車の窓を割ったのだ。
車の周りには野次馬の人だかりができていた。ガヤガヤと話し声が聞こえてくる。
「車内に子供が……」
「……まぁ置き去り!?」
急いで車のもとに向かい、その場にいた警官から全てを聞いた女。
女は愕然とした。
車内に置き去りにしてしまったことが原因となって
我が子が死んだのだという事実と向き合わされた女は
そのことで悲しんで泣き、子どもの命を救おうとした男に感謝した。
しかし、この一連の騒動で女は罪に問われることはなかった。
一体なぜ?
16年09月30日 23:04
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[ポトフ]
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解説要約
女はかつて愛する子を亡くしたがその死を受け入れず、いつしか本物にそっくりな人形を我が子として可愛がるようになった。ある真夏の日に、人形を車に置き去りにして買い物をしていたところ、別の客が車内の人形を本物の子どもだと勘違いし、子どもを助けようとして騒ぎになった。そのことで、もし人形を本当に我が子だと思っていたなら車に置き去りにするはずがなく、心のどこかでは人形を我が子だと信じ切れずにいた事に気づき 、我が子の死という事実から目を背けるのをやめ、向き合うことができるようになった。
ある人形職人の女がいました。
女とその夫はずっと子を欲しがっていましたが、
不運な夫婦は長らくその願いを叶えることができませんでした。
女の夫は、流行り病で若くして亡くなりました。
しかし、独り残された女はその時、
夫の子をその身に宿していました。
夫の忘れ形見を、女は持てるだけの愛情で、
懸命に育てました。
しかし、女の想いが実を結ぶ事はなく、
子もまた、歩けるようになる前に、亡くなってしまいました。
夫の分まで愛していた子にも先立たれたその女は、
仕事に励みました。
赤ん坊の人形を作り続けました。
亡き子をしのび、子が生き返るのを願うかのように。
人形を子に似せれば、子がその手に戻るとでも思うかのように。
子を愛する替わりに、人形を愛するかのように。
いつしか女の作る人形は、
本物の赤ん坊と見分けがつかなくなっていました。
そして女自身、
その人形が生きている我が子であるように考えるようになりました。
私の子は亡くなってなどいない。こうして私に抱かれているではないか。
その考えが間違っているという現実から女は目をそらし、
『我が子』をかわいがるようになりました。
女のそのような行動は、たくさんの人に気味悪がれました。
しかし、もう一度手に入れた幸せを、
今度こそ手放すことがないように、
女は大事に、大事にしました。
ある夏の日のこと。
女が買い物を終えて駐車場に停めてある車に向かうと、
車の割れた窓ガラスとが目に入り、
どうやらそれをやったらしい男がそこに立っていました。
そして、途方にくれたように立つ男の手には、
女の愛しい子が抱かれていました。
買い物に連れて行く訳には行かずに車に残してきた赤ん坊の人形を、
本物と勘違いした利用客がの男が心配して助けようとしたのでした。
女は泣き崩れました。
私の子どもを
助けてくれてありがとう
そして、私に現実を気付かせてくれたことも
ああ、私は、本当は気付いていたのだ。
『我が子』が本物ではないということに。
本当の我が子であったならば、
車内に置いていくようなマネなどしない。
心のどこかで、
ほんの少しの正常な意識が、
それが我が子であると認めるのを拒んでいたのだ。
人形を車内に置き去りにしたことによって
引き起こされたこの騒動が原因となって、
女はようやく本当の我が子は何年も前に死んだという現実を受け入れ、
今まで行くことのなかった我が子のお墓参りへ行くようになったのでした。
総合点:3票 トリック:1票 物語:2票
トリック部門かもめの水平さん【
投票一覧】
「「我が子が死んだという事実に向き合わされた」という1文が捻ってあって面白い。我が子を車内に残した理由も秀逸です」
2016年10月12日08時
物語部門SoMR【
投票一覧】
ネタバレコメントを見る
「微妙で繊細な心の描写がメイン要素の問題。心理を当てなければいけない問題の中ではかなり難しい心理状態になると思うが、納得感が非常に高いというのが面白い。「人形を置き去りにした事実」は紛れもない「現実」で、主人公と我々解答者はある意味その「現実」を見て、心理に同時に気付くような形になる。主人公もその「現実」を客観的に見ることで、自分の心理に気付いたのだ。その客観性が納得感向上の一因だと思う。いずれにせよ、渋めの味わいのある物語で、良いです。」
2016年10月10日15時
物語部門エリム【
投票一覧】
「子供の死と向き合わされたという意味が、解説を読むとずしりと来ます。彼女の行動の理由まで回収されているのに感心しました」
2016年10月10日15時