雪のちらつくクリスマスの夜、とある男がレストランに入店しました。
席に着いた男は、ウェイトレスに尋ねました。
「すみません。この店に七面鳥の丸焼きはありますか?」
「はい。 ございます」
この返事を聞いた男は、自殺を思いとどまった。 一体、なぜ?
12年12月22日 22:09
【ウミガメのスープ】
[(棒)]
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男には家族がいた。
幸せな家族だった。
彼自身が、自分には出来過ぎた妻と息子だ、と感じるほど
彼にとっては支えであり、幸福そのものだった。
男が家族を失ったのは、ちょうど一年前のクリスマス。
予約していた街外れのレストランへ向かう途中、男は運転を誤り自動車事故を起こした。
男は、自分の手で、自分の幸せを粉々にしてしまったのだ。
唯一助かった男も、大怪我をして一年近く身体を動かせなった。
そして、退院した彼には、もう何も残されてはいなかった。
家族も、職も失い、社宅暮らしだった彼は住む家も失った。
絶望した彼は、自殺を思い立つ。
場所は、自分が家族を殺した場所。
死んでから同じ場所には行けないだろうが、せめて、できるだけ近くで。
そう考えて彼は、レストランへ向かって歩き始めた。
道の途中。一年前の事故現場には、花が供えられていた。
誰が家族を弔ってくれているのか気になった男は、近くを近所の住人に聞いて回った。
聞けば、レストランのオーナーシェフが花を手向けてくれたらしい。
面識のない相手が花を手向けたことを不思議に思い、男はレストランに入った。
冬の日の短さもあり、徒歩で移動し終えたときには辺りは夕暮れ時。
準備中の札が掛った扉を開けて入店した彼は、驚いた表情のウェイトレスを無視して開いている席に着き尋ねた。
「すみません。この店に七面鳥の丸焼きはありますか?」
ウェイトレスは、すぐに笑顔で接客した。
「はい。 ございます」
そして、背筋を伸ばして一礼。
「お待ち申し上げておりました。ご予約のお席はこちらです」
食事を終えた彼が席を立つ前に、シェフが男に挨拶しに現れた。
シェフは男の置かれた状況を知っていた。
自分の店へ向かう客が悲惨な事故で家族を失い、自身も大きな怪我を負ったことを知り、
心配したシェフは、予約時に連絡用に記帳していた男の番号から、
男が職も家も失ったことも知ったと言う。
そして、虫の知らせか、今日、男が現れる気がしてメニューを準備していたのだった。
話を終えるとシェフは、男に住み込みで働かないかと持ちかけた。
事故を知っていてなお、このレストランのシェフやウェイトレスは、一年間待ち続けてくれていた。
男は自分を受け入れて貰えたような、居心地の良さを感じた。
男に断る理由は無かった。
了
総合点:1票 物語:1票
物語部門なさ【
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「当時解説を読んで泣きそうになった記憶があります」
2015年04月23日01時