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ウミガメのスープ 本家『ラテシン』 
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きゃろらいんちゃろんぷろ…えっとなんだっけ?(問題ページ

るところに物忘れのひどい男がいた。
年の頃は四十がらみ、身寄りもなく、住み込みで世話をしてくれる家政婦とともに街のはずれでひっそりと暮らしていた。

「晩御飯はまだかね」
「はいはぁい、晩御飯はさっき食べたじゃありませんか」
「そんな馬鹿な、儂は覚えていないぞ」
「そうでしょうとも…本当に物忘れのひどい人ですねぇ」

男の家ではこんな会話が日常茶飯事だった。


しかしある日から男の物忘れは解消された。
そして、街に一つのニュースが駆け巡った。


この状況を補完してください。
12年05月20日 17:36
【ウミガメのスープ】【批評OK】 [植野]



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はちらりと時計を見ると、日課になった言葉を呟いた。

「晩御飯はまだかね」
「はいはぁい、晩御飯はさっき食べたじゃありませんか」
「そんな馬鹿な、儂は覚えていないぞ」
「そうでしょうとも…本当に物忘れのひどい人ですねぇ」
「何、儂はそんなに耄碌しとらん。忘れたりせんよ」
「あらあら、そうですか?」

家政婦は洗濯物を畳みながら、あしらうように会話に応じ
た。山と積まれた洗濯物にかかりきっている彼女は気付い
ていないが、男はとぼけたような眼を一瞬冷ややかに細め
た。

(そうやって油断するがいいさ、お前のしたことは判って
いるんだ……)


――――――**


男は若い頃に家族を失った。大事な大事な一人息子が行方
知れずになったのだ。

まだはいはいを覚えたばかりの幼い息子、その面倒を見て
いるはずだった雇われの家政婦は、猿ぐつわをかまされ、
柱に縛りつけられた状態で発見された。

『黒服の男たちが押し入ってきて…坊ちゃんが…』

涙ながらに語る家政婦は、その日以降、心労を理由に雇用
契約を破棄してきた。犯人の足取りは全く分からず、自分の分身とも言える息子を失った妻は、ある日屋根裏で首を吊った。
「不幸の連鎖」という名で処理されたその一件は、男をこ
の上なく孤独にした。

しかし、事件から十数年経ったある日の新聞の記事に、男は目を疑った。
【貧しさの中で高校への特待生進学、母と息子二人三脚の人生】という見出しで、とある親子のインタビューが掲載されている。
そこに映っていた少年は、幼いころの自分にそっくりだった。まさか、いや、この少年は……失踪した私の息子に違いない!

そして隣で寄り添って笑うのは――いつかの、あの家政婦だった。

男の歓びは一瞬でかき消えた。歪なパズルのピースが嵌まる思いだった。あれは、あの事件は、狂言だった。外部犯の物盗りに見せかけた純然たる誘拐だったのだ。

息子に会いたい、一目会って自分が本当の親だと告げて、妻の分まで抱きしめたい……そんなささやかな想いが、どす黒く塗りつぶされていくのが判った。
白黒写真で微笑む家政婦を睨みつけた。もはやただ息子を取り返すだけでは気が済まない、この女に地獄の苦しみを味わわせたい。

――その時から男は復讐の鬼になった。

有り金をつぎ込んで整形し、別人の相貌を手に入れ。
喉をつぶし、声でわからないように。
探偵に調べさせ、女がまたのうのうと都市部の家政婦の派遣会社に登録し直したことを突き止めた。
長い時間と恨みつらみを押し固めて、準備は整った。
あとは女を雇い、最も近い場所で、朝から晩まで監視するだけだった。

――――――**


いつも通り、夕食はとっくに済んだとなだめすかされ(そんなことは百も承知だ)、男はソファに体を深く沈めた。家政婦は洗い物を終えてから、毛糸玉を二、三個抱えて傍に腰を下ろした。

いつも通りの光景のなかで、男は瞼をうっすらと伏せた。そうして、あくまで自然に、うとうとと眠りに落ちる寸前を装いながらぽつりぽつりと家政婦に語りかけた。


「…きみは、編み物をするのかい…」
「ええ、毎日こうやって編んでますけど、ほんとに覚えてないんですねぇ」
「なかなか…上手いものだね…」
「チョッキでもセーターでもなんでもござれですよ、子どもなんかはすぅぐに体が大きくなるからね、手直しした方が余計なお金がかかりません」
「子どもか……きみは…子どもが、いるのかね…?」
「ふふ、聞いたってすぐ忘れちゃうじゃあないですか」
「なぁにを…馬鹿を言うな、儂は忘れたりせんよ…」
「そうですか? まあ何を言ったってどうせ覚えてませんものね……ええ、もう大きくなって一人立ちしましたけど、男が一人ね」
「……そうか、どんな子だい……」
「孝行息子ですよ、父親がいなくてもしっかり親の言うこ
とを聞いてくれて。」
「そうか…、どうして、父親がいないんだね…?」
「え? …まあ、ねぇ、養子みたいなものですよ」
「……ほぉ、養子」
「ちょっとね、昔、知り合いから借りてきたんです」

くすくすと笑って編み物をする家政婦は、ソファに凭れて
いた男がその身を起こしたのに気付かなかった。

「緩んだな」
「ふふ……――え?」
「気が、緩んだな」

部屋の明かりを反射して、鋭い銀色が閃いた。

「お前の一言一句、最初から最後まで、全て憶えているよ」




翌日、警官が男の家に詰めかけた。あっという間に街の全域へとニュースは駆けていった。
街はずれのその家の一室には、女性の惨殺死体がおぞましい方法で到る所に、縦横無尽に、一切合財をばらばらにして飾り付けられていた。大事なパーティーの準備をしようとして、最後まで用いるべき材料を間違えていることに気付かなかったかのように、その部屋は完璧な赤に染まっていた。

カーペットの中心には、「ハッピーバースデー、我が最愛の息子。」

家主の男はどこに消えたのだか、杳として知れない。
総合点:5票  物語:5票  


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物語部門とかげ
投票一覧
「物忘れのひどい男が、突如物忘れをしなくなる。問題文からは想像もしなかった、色々な意味で震えるようなストーリーでした。名作と呼ぶべき問題です。」
2015年05月19日21時
物語部門桜小春
投票一覧
「解説が凄まじくて背筋が凍りました。素敵です。」
2015年04月30日17時
物語部門tsuna
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「ハードボイルドで格好良いです」
2015年04月27日23時
物語部門プエルトリコ野郎
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「解説がたまらん!こういう問題は質問の流れと一緒に楽しむべきでしょうね。」
2015年04月27日18時
物語部門牛削り
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「主人公の最後のセリフが凄まじくかっこいい! 世にも奇妙な物語とかで実写化してほしい名作!」
2015年01月13日19時

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