動画内など、他所でラテシンの問題を扱う(転載など)際について
ウミガメのスープ 本家『ラテシン』 
いらっしゃいませ。ゲスト様 ログイン 新規登録
項目についての説明はラテシンwiki

【猛者のスープ】inoccent children(問題ページ

き残れる可能性は50%。

マキムラは目の前の息子の命が助かるよう目を瞑って神に祈った。
その甲斐あってか生き残ることができた息子だが、
身体が弱く遠い地の診療所で育てられる事になった。

息子を助けたことが正しかったのか愚行であったのか。
この閉鎖的な村で生まれ育ったマキムラにはその時判断ができなかった。

そして10年の歳月が流れる。

何の因果かマキムラは再び息子の命の危機に直面する。
いつも側に寄り添い大事に大事に育ててきた息子。

心臓の病を患った息子の生き残れる可能性は50%。

マキムラは10年前のことを思い出し、
息子を殺すことを決意して診療所に忍び込んだ。

自分の判断が正しいと信じて。

一体なぜ?
17年08月24日 21:01
【ウミガメのスープ】【批評OK】 [ポトフ]



解説を見る
S県 憑夜見村。

この村には鏡がない。

村人は自分の姿がものに映ることを忌み嫌う。

自身が持っている「悪しきもの」が映し出されると信じている。

そしてこの村にはある「掟」がある。


・・・


マキムラはこの村唯一の医師である。
マキムラの父親も、祖父も、曽祖父も。

代々この村で医師をつとめてきた。

の世に生を受けた時から医師になることが決まっている。

マキムラが心を病んでしまったのは、家庭環境と医師以外の可能性がない未来しか
見れなかった少年時代が影響している。

目的も何もないモノクロームの世界。そのマキムラの世界に朱が差し、緑が芽吹いたのは
将来の伴侶、キクとの出会いがあったからだ。

キクと初めて出会ったのはマキムラの自宅。病院だった。
風邪をひいて病院に赴いたキク。感情の起伏のない淡々としたマキムラの診察を受けた後、
「あなたは大丈夫なんですか?」と声をかけられたのがきっかけだった。

キクは風邪が治った後も病院に通った。
今まで物静かだった病院に彼女の屈託のない笑い声が響くようになった。

その笑い声の中にマキムラの笑い声が混ざるようになった頃。

二人はこの村にある神社で生涯を添い遂げる誓いをたてたのであった。

・・・


この村にある神社。その裏の森を進んだところに祠がある。

祠には常に花が供えられている。

色鮮やかな花が並ぶ祠には、多くの赤子の死体が埋まっている。

病気で死んだのではない。

死産になった訳でもない。

赤子は全て殺されたのだ。

この村の「掟」に。


・・・


キクは身篭った。

マキムラは果たして自分が我が子を育てられるか不安だったが、
キクの幸せそうな横顔が、その不安を和らげてくれた。

分娩はマキムラが行なう。
今までも村の女たちの出産はマキムラが行なっていた。

そう今までもマキムラが出産に立ち会い、そして


・・・・


「掟」は残酷である。

しかし、昔から続けられてきたこと。

担当する医師に罪悪感はなかった。

産まれてくる赤子が双子だった場合。

双子の片割れはいつか「悪しきもの」になってしまう。

泣き叫ぶ母親を横目に。

医師は双子の片割れの心臓に杭を穿つ。

死した双子の片割れを、医師は神社裏の祠に運ぶのだ。


・・・

マキムラは杭を握りしめている。

キクが産んだのは双子であった。

今までであれば、双子の片割れはすぐに殺してきた。
しかし目の前にいるのは我が子。
愛するキクと私の間に産まれた子なのだ。

痛いほど杭を握りしめていた右手の力が抜け、
音を立てて杭が地面に落ちる。

マキムラは村の掟に目を瞑った。
そしてこのことが露見しないよう神に祈った。
そうしないと双子のどちらかが死んでしまうのだ。

この判断が果たして正しいのか。答えはわからない。
マキムラはキクとも相談し、双子を匿いながら育てることを決意した。

ゼンとリョウ。
どちらも「悪しきもの」にならぬように願いを込めた名前。
これが二人に与えられた名前だった。



そして何事もなく2年の歳月が過ぎた。
リョウはとても体が弱く、いつも床に伏せがちだった。

マキムラはリョウを遠い地の診療所に預けることを決意した。
そこには信頼の置ける親友が勤めている。
これから二人が成長するにつれて、二人を匿うのも限界がくるだろう。

療養と隠匿。

マキムラはリョウと離れることを決意した。



そしてリョウを診療所に預けてまた2年の歳月が過ぎた。
リョウは親友が養子として受け入れ、体は弱いものの幸せに暮らしているという。

一方マキムラはゼンの存在を隠す必要がなくなり、親子三人で慎ましい生活を送る毎日。
リョウのことを心の奥で気にしながらもマキムラは今までにない
心の充足を得ることができた。

しかしそんな日々も長くは続かなかった。



双子が産まれて10年が経った頃。

まだ幼いゼンに心臓の病が見つかった。

外科手術が必要であり、その生存率は50%。

半分の確率でゼンは死ぬ。

それを考えただけでマキムラは震え上がった。
恐ろしくて恐ろしくてどうしようもなかった。

しかし、この50%の確率が限りなく100%に近づく方法が一つだけあった。

心臓移植。

脳死状態、そして同年代のドナーが見つかればゼンは助かる。
しかしそんな都合のいいドナーなど存在しないであろう。

思い浮かべるのは遠い地にいるリョウの存在。
ずっと側にいてキク以上に自分の心を満たしてくれていたゼン。
8年近く会うこともなく、親友の息子として育っているリョウ。

10年前のあの日。俺はリョウを殺さなかった。
本当は死ぬはずだった子供を生かしたんだ。
ほんとナラシンデイタ。
ホントナラアノコドモハソンザイシナイ。

診療所に向かう電車の中。
マキムラの頭には自らの正当性を訴える言葉で埋め尽くされていた。

そして、電車は止まった。

時刻は真夜中。マキムラはリョウがいる診療所に忍び込んだ。








エピローグ

木漏れ日。鳥の鳴き声。川のせせらぎ。

ゼンは林の中にある墓の前で手を合わせていた。

30年前、ここには忌まわしき祠があった。

今は様々な形の小さな墓が並んでいる。

ふと人の気配を感じ、振り返ったゼン。

そこにいたのは小さなキクの花を携えた弟のリョウだった。

ゼンとリョウの両親は今まで誰も触れなかったこの村のタブーに、
この村の掟に異議を唱え、村人たちを説得して回った。

古くからの因習は根強く、両親は村人たちから村八分の扱いを受けた。
しかし若い村の者たちの賛同を集め、ついにはこの村から掟をなくすことができた。

今では家に鏡があるのが当たり前になり、無精髭の男たちが少なくなった。

振り返ったゼンの顔を見て、リョウは父親の顔を思い浮かべていた。
育ての親ではなく、生みの親のことを。

あの日、真夜中に部屋に入ってきた男は自分の顔を見るなり、泣きながら崩れ落ちた。
それが自分の生みの親であることを初めて育ての親から聞かされたのだ。
そして兄の存在のことも。

兄は生存率50%の心臓の手術を受け、無事生還した。
兄もその時に自分の存在を両親に聞かされたらしい。

リョウはゼンの隣に並び、墓前にキクの花を供え、ゼンとともに手を合わせた。

しばらく墓前に佇んでいると、後ろから自分たちを呼ぶ子供達の賑やかしい声が響いてきた。

男の子が二人に、女の子が二人。

リョウとゼンはお互いの顔を見つめた後、どちらともなく微笑んで、そして子供達に手を振った。

要約解説
双子が忌み子とされ、片方が殺される村、そんな村の医者であるマキムラ。
そんなマキムラの元に双子が産まれる。
村の掟に目を瞑り、双子を共に生かす事を選んだマキムラだが、
子供の身体の弱さから、友人の医師の診療所に息子を一人預かってもらう事を決める。

それから数年後、マキムラの元に残った息子が心臓病にかかる。
その時の医療技術で、直せる可能性は五分と五分、50%であった。
ただ、それを限りなく100%助かるといえる状態にする方法があった。

心臓移植。

適合する事、同年代である事、提供者の命はない事…など条件は厳しかったが、
マキムラにはその条件をほとんど満たす相手を一人知っていた。
数年前、預かってもらった双子の息子。本来は存在しないもう一人の息子。

マキムラは自分を正当性で塗り固めながら、もう一人の息子のいる診療所へ向かった。
自分の息子の心臓を手に入れるために。
10年越しに、二人を一人にするために。
総合点:1票  物語:1票  


最初最後
物語部門エリム
投票一覧
「1編の短編小説として考えさせられる1問であると同時に、主人公が水平思考を働かせていることにも注目。そして問題を解く側もまた、水平思考を働かせて価値観の壁を越えていかねばならない問題です。」
2017年08月29日00時

最初最後