男は、自分の愛娘を殺した犯人を捕らえると、館へと連れ帰った。
そして犯人に食物や衣類を与え、書物や絵画を買い与えた。
時には楽隊や劇団、詩人を呼び、音楽や芝居を犯人と共に楽しんだ。
しかしそれから一年後、この話を聞いた人々は、男の執念に震え上がった。
何があったのだろう?
16年04月02日 21:18
【ウミガメのスープ】
[妙伎]
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短文解説
犯人の少年が邪神への信仰により死を恐れないことを知った男は、少年に多くの情報を与えることで邪神への信仰を捨てさせた。
その結果、生に執着した少年は処刑の際に恐怖と後悔を感じ、男は娘の仇を取った。
長文解説
「何故、私の娘を殺した!」
捕らえられ、目の前に引き出された犯人に、憎しみと怒りに震える声を投げつける男。
しかし、男が犯人の顔を覆う布を取り去った直後、その表情は驚愕に変わった。
「我らの神の思し召しだ。我らの神への供物には、無垢な少女こそふさわしい」
目の前にいたのは、まだ幼さの残る少年だった。
「あの少年は生まれた時から邪神信仰の中で育てられたようです」
家臣の報告を男は苦い顔で聞いた。
「信者は谷底の集落で集団生活を送り、そこで生まれた子供は外界を知らず、邪神への信仰心のみで育てられる。邪神に従う行いのみが肯定され、信仰のために命を落とせば邪神の元で生まれ変わる…というあれか」
「左様。そのため腕のいい暗殺者が多数育ちます。彼らは捕らえられ、処刑されることを恐れません。例え殺人が法では罪でも、信仰にそれ以上の救いがあると信じているのです」
「処刑されれば信仰に殉じたことになる、か…分かった、あの少年の処遇は私が決める。下がってよい」
翌日、男は少年を捕らえた地下牢に、自分が食べるのと同様の美味しい食事と、暖かく綺麗な色の衣類を届けた。
「これは何だ。僕をどうする気だ」
「見たことも食べたこともないだろう。さあ、その服を着て、好きなだけ食べなさい」
男は少年と鉄格子を隔てて話をしながら、少年の目の前で食事を始める。
不審な目を向けるばかりだった少年も、やがて漂って来る食事の匂いに抗えず、口をつける。
「…美味い…!」
「そうだろう。君の暮らしていた場所では、こういった物はなかっただろうからね」
何日かして、男が沢山の書物を抱えて姿を見せると、少年は少し警戒を緩めて男を見た。
「今日はこれを君にあげよう。この世界のいろいろな事を書いた書物だ。君の暮らしていた場所では、こんな話は聞けなかっただろう」
また何日かして、男は美しい絵を携えて少年の元を訪れた。
「世界は広く、輝きに満ちている。この絵を見るといい。港町、雪を被った山、海に沈む夕日…君の暮らしていた場所では、こんな景色を目にすることはなかっただろう」
それからしばらくして、男は楽団を伴って姿を見せた。
「君は知らないだろう、音楽の美しさを。君の暮らしていた場所では、こんな音は聞けなかっただろう」
男の合図で、演奏が始まる。呆気に取られていた少年は、やがてその演奏に引き込まれ、いつの間にか涙を流していた。
別の時には劇団に目の前で芝居をさせた。
また別の時には、吟遊詩人にいろいろな歌を歌わせた。
やがて少年の目は、最初の頃とは明らかに変わっていった。
「…僕は、あまりに世界を知らな過ぎた。美味しい食事や美しい景色も知らなかった。笑うことも泣くことも、人の温もりも恋も知らなかった…」
少年はいまや「信仰」が間違いだったと考えるまでになっていた。
そんな日々が続いた一年後、また男が姿を見せた。
「外に出ろ」
少年の顔は喜びに輝いた。本で読み、絵で見た世界を自分の目で見られる。「信仰」に縛られることなく、「生きる」ことができる…!
しかし。
少年が引き出された先にあったのは、処刑場だった。
恐怖に顔を引きつらせた少年の耳に、男の声が聞こえる。
「さあ、神のために命を捧げなさい」
「僕にはもうあの神への信仰心はありません!」
窓一つない処刑場の冷たい床に跪かされた少年の両目から、涙が溢れる。
「嫌だ…嫌だ、あんな美しい世界を見られずに死ぬなんて!あんな素晴らしい世界に触れることがないまま死ぬなんて!」
少年の背後に処刑人が立つ。ぎらり、と光る斧を視界の隅にとらえ、少年は悲痛に叫んだ。
「お願い、殺さないで!死にたくない、死にたくないよ……っ!!」
と、少年を見据えていた男が、冷酷に笑った。
「私の可愛い娘も、きっとそう叫びながらお前に殺されたんだろうね」
降り下ろされた斧が、少年の首を斬り飛ばした。
少年の目からは、最後まで恐怖と後悔、そして懺悔の涙が流れていた。
総合点:2票 物語:2票
物語部門蓮華【
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「処刑の一瞬のためだけに、この執念は恐ろしいです。」
2016年05月04日14時
物語部門エリム【
投票一覧】
「これはいろいろと考えさせられます。男の立場からすると、無理もない話なんですよねぇ・・・だけど第三者視点だと震えてしまうという。物事をいろいろな視点から考えることの重要性が突き付けられます」
2016年04月17日12時