酒が特別好きなわけでもないし、ましてやワインの知識なんてこれっぽっちもないのだけれど、男は毎年、ボジョレー・ヌーヴォー(毎年11月第3木曜日に解禁される新酒のワイン)を何本か買っていた。
何が目的なのだろう?
14年11月22日 22:15
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[とかげ]
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父からの電話は、予想通りのタイミングでかかってきた。
「今年のボジョレー・ヌーヴォー、飲んだか?」
毎年同じ質問だ。解禁日は、近所のスーパーの宣伝で知っていたが、買ってはいなかった。
「いや、飲んでない。今年も買ったんだ?」
「デパートで色々売っていてなあ……つい買い過ぎたよ」
「じゃあ行こうかな。週末、飲みに行くよ」
日時だけ約束して、短い電話を切る。こうしてボジョレー・ヌーヴォーを一緒に飲む約束をするのは、毎年のことだ。
父が、アルコールに強くないことは知っている。流行りものにも興味がないし、ボジョレー・ヌーヴォーを特別に飲みたいわけではないことも、わかっている。
私は就職を機に家を出た。一人娘だけれど、両親は快く了承してくれたどころか、早く出て行ってくれた方が楽になる、なんて言っていた。
けれど……結局のところ、娘に会いたくなるのだろう。ボジョレー・ヌーヴォーもその一つ。ただ、私が実家に帰る口実をつくりたいだけなのだ。
私が何の用事もないのに実家に帰るような人間ではないことを、父はよくわかっている。家族の誕生日や年末年始以外に、父はこうやって何かと口実をつくっては、私を実家に呼びたがるのだ。
さすがに独りでワインを瓶単位で飲むのは大変だし、結構値も張るので、独り暮らしの私が色々買って試してみられるものではない。そして毎年同じ時期に必ず売られる。実家に帰ってくるエサとしては、なかなかうまいところをついたものだ。
しかし、父も知らないことがある。
私も、別にワインが好きなわけではない。
END
男は家を出て独り暮らししている娘を実家に呼ぶ口実として、ボジョレー・ヌーヴォーを利用していた。
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物語部門牛削り【
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「重松清風味のほのぼの解説。思わず浸ってしまう。」
2015年01月13日20時