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ウミガメのスープ 本家『ラテシン』 
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項目についての説明はラテシンwiki

田舎のバスは3時間に一度。(問題ページ

美は少しずつ日常が不自由になるのを感じていた。
ある朝、兎美は目覚めるとその変化に驚愕した。
慌てて行きつけの亀夫の店まで飛んでいくと、彼は兎美に一杯のワインを差し出した。
それを飲み干すと、二人は言った。

「不便になってよかった!」
「ああ、まったく最高だ!」

なぜ?
14年01月09日 00:03
【ウミガメのスープ】 [彩蓮燈]



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西暦21××年。
急速に発展した電脳技術の影響により、バーチャルリアリティが日常となった世界。
私こと兎美は、ベッドの中で目を覚ました。

「…あと5分」

まだ少し眠気の残る頭でまどろみに浸り、再度布団をかぶろうとする。
…そこで気がついた。

・・・・・
眠気がある?

あまりの驚きに跳び起き、再度確認する。
驚きで少し目は覚めてしまったが、それでも頭はまだ軽くぼーっとして、睡眠を体に訴えている。

「嘘…すごい!眠気が再現されてる!」

昨日までは感じることのなかった感覚。
人間の三大欲求のひとつ。それが体の中にある実感。
私は急いで着替えると、飛びだすように家の扉を開いた。

「亀夫!」
「よお、兎美。やっぱり来たか」

玄関の扉を開いた先は、シックな雰囲気のバー。亀夫の経営している店だった。
彼はカウンターの中でグラスを磨きながら、慌てた様子の私に苦笑を浮かべている。

「亀夫、すごいよっ…!私、眠くなってる!」
「ああ、俺も驚いたよ。今回は随分と大幅にバージョンアップしたんだな…すごい処理能力だ」
「アバター全部を常時個別にスキャンしなきゃいけないもんね…外では何か新しい技術でも出来たのかな」
「かもな…まあ、なんにしろありがたいことだ」
「違いないね」

私たちの住むこの街は、現実ではない。
【サイバーヘヴン】と呼ばれるここは、文字通りに1と0で構成された仮想世界。
ここの住人は全員、自分の脳情報を電子化して創り出されたアバターで、建物も自然も全て「そういう情報」にすぎない。
けれど、この世界は従来のバーチャルリアリティと決定的に異なる点がある。
それは私たちにとって、ここが【現実】ということだ。

年老いて死を待つだけの人。
事故で助からない傷を負った人。
まともな肉体で生まれることの出来なかった人。
そんな人たちが肉体を捨てて、新しい命を求める場所。
電脳の楽園――サイバーヘヴン。

かくいう私も事故で肉体をなくして、ここにやってきた。
最初は戸惑ったけど、住めば都というとおり、ここも慣れれば良い世界だ。
老いることもなければ、病気になることもない。
…いや、老いることも、病気になることも『できない』。
どれだけ現実そっくりに形を作っても、ここは情報世界。
日々増え続けるアバターの全てを把握し、それに合わせて全ての現象を発生させるなんて無理な話だ。
たとえば、風をひとつ吹かせるにしても、個人でその感じ方は違う。
風のエフェクトひとつ発生させる度に、全アバターに「風を感じた」とパターンの異なる触覚情報を与えようと思ったら、それこそ膨大な演算能力が要求されるだろう。
だから基本的に、この楽園ではいろいろな「過程」が無視されてしまう。

食事をしようと思ったら、次の瞬間には食べた結果だけが残り。
どこかへ行こうと思ったら、扉を開いた途端にそこに到着し。
眠ろうと思ったら、一瞬で意識は翌日に。

一昔前のRPGみたいと思ってもらえばいいだろうか。
もちろんこれはすごく便利なことなんだけど、ここに「現実」を求める私たちからすると、不満もあるのだ。
だけどそう言った便利すぎる不都合も、サーバーの処理能力のアップに伴って少しずつ「不便」になってくる。

たとえば半年前くらいに、物が汚れるようになった。
それ以来、こうやってグラスを磨くのが亀夫の日課になった。
1月前に物が壊れるようになった時も驚いた。
これはなかなかの衝撃で、思わず亀夫の店のグラスを片っ端から叩き割って、後から思いっきり怒られた。

そして今回は眠気の導入。
これはかなり革新的だ。人生の楽しみをひとつ手に入れたといっても良いかもしれない。
あまりのことに興奮気味な私に、亀夫は意味ありげに笑みを浮かべて言った。

「驚くのはまだ早いと思うぞ、兎美」
「どういうこと?」
「これ、見てみろ」

そういって亀夫が差し出したのは、グラスに注がれたワイン。
でもこれがどうしたって…あれ?

「…ねえ、このワイン、匂いが…」
「そうだ。匂いがある…そして味もある」
「嘘っ!飲めるの!?」
「ほらな、驚いた。まあ、ようやくバーの本領を果たせるってところだ」
「うわ、うわー!もう…いゃっほう!」

思わず変なテンションで声が出た。
いや、でも仕方ないと思う。これは仕方ないと思う。
だって食だ。人間のもっとも根源的な娯楽と言ってもいい食なのだ。
私の心はこの新しい刺激にエンジン全開のフルスロットルで、キャラが崩壊してしまいかねない興奮っぷりだった。
差し出されたグラスを掲げ、ワインの豊潤な香りを堪能する。
ふと見ると、亀夫も同じようにグラスを掲げていた。彼も実はなかなか興奮しているらしい。

「ねえ、亀夫。乾杯しようよ」
「乾杯って、何に?」
「この不便な世界に!」
「ははっ、そりゃあいい」

グラスを打ち合わせる音が店内に響く。
そして二人は勢いよくワインを飲み干し。

「~~~っ!不便になってよかった!」
「ああ、まったく最高だ!」

生きている実感に、思わず頬を緩めるのだった。
総合点:5票  チャーム:1票  納得感:1票  伏線・洗練さ:1票  物語:2票  


最初最後
チャーム部門春雨
投票一覧
「不便?ワイン?良かった??と、解くまで頭を離れません」
2015年08月13日14時
納得感部門春雨
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「不便の感じ方、一つの水平思考」
2015年08月13日14時
伏線・洗練さ部門手弁当
投票一覧
「「世界」の認識方法については小説を始め数多くの創作がありますが、シチュエーションパズル方面からのアプローチとして、この問題はとても洗練されていると言えるでしょう。」
2016年01月11日09時
物語部門シトウ
投票一覧
「この不便な世界に、心からのありがとうを。 素敵な物語です。」
2015年11月20日15時
物語部門春雨
投票一覧
「不便で良かった!とある種の『共感』を得られます」
2015年08月13日14時

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