引越し先へ向かう電車の車窓から、
「カナエ、また会おうね」
と書かれた横断幕と、それを持って手を振るクラスメイトたちの姿を見つけた山村カナエ。
彼女は感激し、すぐに窓際の席を離れた。
カナエのこの行動は、ある推理に基づいたものであるが、それはいったいどんな推理だろう?
17年10月28日 19:35
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[牛削り]
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亀山中学校で受ける最後の授業が終わると、山村カナエはその足で駅へ向かった。
親の仕事の都合での転校。仕方ないと思いつつも、やりきれない思いが残るのは、それだけこの学校での日々が濃密だったからだろう。
友人たちとの最後の挨拶は、軽めに済ませた。そうでないと、泣いてしまうから。駅まで行く気力がきっと萎えてしまうから。
両親はすでに転居先へ行っている。
「みんなとちゃんとお別れしてから来なさい」
母親からは朝、そう言われていた。
一人で電車に乗り込み、窓際の席に座った。プシューと音がして、ドアが閉まる。電車がのろのろと動き出す。
車窓に、見慣れた風景が映し出された。
あの本屋へは、ケイちゃんとよく学校帰りに寄った。
あの公園では、イッちゃんやタケ君とドッヂボールをした。
あのカフェで、マーちゃんの悩み相談に乗ってあげた。
車窓から見える街並みのあちこちに、思い出があった。
ちゃんお別れしてくればよかったな。
いまさらながら、カナエはちょっと後悔した。
その時だった。
「カナエ、また会おうね」
視界にその文字が飛び込んできた。
横断幕をこちらに見せながら、草原で手を振るクラスメイトたちの姿。副担任の先生も一緒にいる。
彼らの顔を見てカナエは感激し、涙を流しそうになった。直前で涙腺をしめたのは、胸に浮かんだある疑問。
──なぜ、私がこちら側に座るとわかったのか?
カナエが買ったのは自由席のチケットで、こちら側に座ったのは単なる気まぐれだ。予測できるはずがない。
ならばいたい、どうやって。
横断幕を持った生徒たちの人数を目算する。十人とちょっと。クラスの人数の約半数だ。
そして付き添っているのが副担任……。
カナエはある答えを得た。
泣いている場合じゃない。
急いで席を立ち、反対側の窓際に移動した。
いた。
こちら側にも、横断幕を持つクラスメイトたちの姿。付き添っているのは担任だ。
「カナエ、忘れないよ」
そう書かれていた。
彼らの姿は一瞬にして後ろへ消えていく。
しかしカナエの心に焼きついたふたつの車窓からの光景は、消えなかった。
「ありがとう」
カナエは呟き、涙をこらえるのをやめた。
これからの日々。
寂しくなることもあるだろう。
でもきっと大丈夫。
自分と過ごした日々を大切にしてくれる人たちが、
あの街にいるんだって、
カナエはずっとそう信じていることができるから。
【要約解説】
自分が電車のどちら側の席に座るか予測できるはずがない。
また、横断幕を持ったクラスメイトの人数は、全体の約半数。
そのことから、カナエがどちら側に座ってもメッセージが見えるよう、反対側にも横断幕を持った友人たちが待ち構えているはずだ。
カナエはそう推理し、最後に全員の顔を焼き付けておけるよう、反対側の窓際に移動した。
総合点:2票 物語:2票
物語部門上3【
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「クラスメイトたちの思いがこのような形で伝わったとは、彼らはその場では分からなかったかもしれません。カナエ視点で書かれたからこそわかるハッピーエンドに注目です。」
2017年10月28日20時
物語部門からす山【
投票一覧】
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「なんという見事で素敵な推理。切ないけど、素敵な物語。ラテシン終了と重ね合わせてしまいそうです。でもきっと、大丈夫です。(牛削りさん、お疲れ様でした!)」
2017年10月28日20時