最近ウミコがフェンスの内側から景色をながめていると、
見知らぬ男がやってくるようになった。
カメオというらしい。
数ヶ月後、
ウミコがフェンスの外側へ行くと、カメオは死んでしまった。
いったいなぜ?
状況を補完しご説明ください。
17年06月06日 21:51
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[うえすぎ]
解説を見る
窓から見える代わり映えしない景色に一人の人物が加わったーー
1
「あんた何してんの?」
自分一人だけだと思っていた空間に男の声が聞こえたものだから、
ウミコは仰天してバッと振り返った。
そこにはジャージを着た同い年くらいの男がいた。
訝しげな顔をしてこちらに近づいてくるので、ウミコはフェンスを握りしめた。
「け、景色を見てたんです」
「はぁ? わざわざマンションの屋上で? こんな家ばっかで病院くらいしか
目につくとこがないのに?」
「い、いいじゃないですか。……高いところにいると冷静になるんです」
俯いてぼそぼそと答えるウミコに男はふーんとだけ返した。
2
それから男ーーカメオはウミコが屋上にいると必ずやって来るようになった。
なぜこんなにタイミングよく現れるのだろうと疑問に思っていると、
「部屋から見えるんだよ」とだけ答えた。
どうやらご近所だったらしい。
カメオが来たからといって状況に大きな変化はない。
少しの時間、同じように景色を眺めて、言葉を交わし、別れる。
そんな日々が続くと、ウミコが屋上に行く目的が「自分を冷静にさせるため」を追うように
「カメオに会うため」が少しずつ大きくなっていた。
3
それから数ヶ月後のある日のこと。
カメオは屋上に人影が見えたので病室を出た。
いつも通り人目を気にしつつ病院の外へ向かう。マンションは住宅を数軒挟んだすぐそこ
だしウミコと会う時間はそう長いものではないので外出許可をとらずとも誤魔化しがきく。
幸運なことに検診などと被らない時間帯にやって来てくれるのでカメオも動きやすかった。
ーーあいつまさか自殺するつもりじゃないだろうな。
屋上でフェンスに手をかけその向こうを見つめるウミコを初めて見つけたときそう思った。
対面して覇気のないその顔を見て、少なくともその考えを持っていることを確信した。
見えるとこですんなよな。
カメオは監視も兼ねてウミコに会いに行くことにした。どうせ暇なのだ。
それに病院以外で誰かと話すのなんて久しぶりのことだったから、実はウミコの存在に
感謝していた。
今日は何を話そうと考えながら、病院から抜け出してからもう一度屋上に目をやりーー
血の気が引いた。
ウミコがフェンスに足を掛けていたのだ。
4
もう駄目だ。
もう無理だ。
痛い、苦しい、楽になりたい。
いつだってフェンス越しの景色は私を諭してくれた。
ーー怖いだろう
ーー飛び降りれないだろう
私にはできっこないのだと教えてくれる。
私がまだ生きたいのだと気づかせてくれる。
フェンスの向こう側に立ち、両手でフェンスを握り体を前に傾ける。
恐怖はあった。
しかしそれを上回る私の意志もあった。
ぼたぼたと涙が溢れていく。
水気を帯びた視界はどこか輝いてすらいた。
私を諭す声は聞こえない。
もうかける言葉がない。
だけど体がそれ以上先へ行くことはなかった。
誰かが私の腕を痛いくらい強く掴んだから。
5
自分の体のことなんて頭になかった。
「なに、を、やってんだ!!」
フェンスを掴むウミコの腕を掴み、もたつく彼女を無視して内側に引き戻した。
まだ状況が掴めてないのか呆然とした顔をするウミコに苛立ちが頂点に達し、痛む心臓を
押さえて怒鳴りつけた。
ふざけんな、何考えてんだ。
お前はいちいち溜め込みすぎなんだよ、ちょっとでいいから俺に話せバカ。
余計なお世話とか言うなよ、不謹慎だけど死ぬってのは案外簡単にできる。
でもその前に、何か他の方法を探してみろ。
相談とか、逃げるとか。
迷惑かかるとか考えんなよ。
こうやって死ぬのも何かしら迷惑かけるんだ。
色々やったって大したことねぇよ。
カメオが言いたいことを言っているあいだ、ウミコはぼたぼたと涙を零し続けていた。
彼女がここで涙を流すのは初めてのことだった。
カメオの苛立ちも急速に収まり、今はただ安堵の気持ちだけが残った。
「まあ、とりあえず、間に合っで、よがっだ……」
ぜぇぜぇと呼吸が荒くなっていく。
カメオの言葉に自分が短絡的な思考に陥っていたこと、こうやって自分を止めてくれた
彼の存在の大きさを知ったウミコは、その時ようやく違和感に気づいた。
なにか、おかしい。
下を向いたまま呼吸を荒げるカメオに、大丈夫かと声をかけたと同時に、
カメオの体は横へ崩れ落ちた。
6
声が反響している。
カメオは朧げな意識のなかで無意識にその声に答えていた。
大丈夫、そこの病院、ポケットの携帯で繋がる。
視界が明滅していて、まるで現実でないかのようだった。
誰かの泣き声が聞こえる。
身体が地面から離れ、揺れる。
大丈夫、気にすんな。
それは言葉にならないまま、僅かな吐息となって口から零れた。
身体から緩やかに力が抜け、意識が闇に飲まれていく。
笑ってほしい。
またいっしょに話したい。
心臓が止まるその瞬間まで、カメオはただそれだけを願っていた。
X
「虹の麓には幸せがあるんだって」
雨上がりの青い街の向こうに薄っすらと虹が架かっているのを見て、
ウミコはどこで聞いたかは忘れてしまった話を思い出した。
遠くの山と街を繋ぐようにアーチを描く虹は、
雨雲が切れるにつれその鮮やかさを増していっている。
「あぁ〜、らしいな」
「自分からは見えないけど、見る人にとっては自分が虹の麓にいるから、
実は幸せはすぐそこにあるってことなんだって」
「ふーん」
興味がなさそうな声にチラッとその横顔を伺う。
あんまりこういうの好きじゃなかったかな。
口にしなければよかったと後悔していると、
「そういえば」と今度はカメオが何かを思い出したようだった。
「虹じゃないけど、誰かの詩に山の向こうに幸せがあるって言うのがあったな。
山の向こうに幸せがあると聞いたから行ってみたけど、
何もないから涙を流し帰ってくる。
すると他の人はそのさらに向こうに幸せがあると言う……みたいな」
「うーん、何かで読んだことがあるような……」
「物理的に移動することじゃないんだろうな。虹も、山も。
今の自分が思い描く幸せは、今の自分では手に入らない。
どうやったら虹の麓に行けるだろうって考えたり、
人生だとか立ちはだかる困難だとか、そんな山を乗り越えて今の自分より先に進むことで、
自分にとっての幸せが見つかるってことなのかも……」
「……カメオくんって、」
「なんだよ」
「こういう話、好きなんだね」
「悪いかよ」
ううん、嬉しいの。
いつしか雨雲は消え、太陽が眩しいくらい街を輝かせていた。
嬉しい。
もう少し、もう少しだけ、頑張ってみたい。
【要約解説】
ウミコと打ち解けていくこと数ヶ月。
ある日ウミコがフェンスの外側へ行こうとする姿を見てしまったカメオは、慌てて全力疾
走で駆けつける。
間一髪ウミコを止めることはできたが、重い心臓病を患うカメオは激しい運動により心臓
発作が起きてしまい、そのまま心臓が止まってしまった。
カメオがそのまま亡くなってしまうか、それとも息を吹き返し
ウミコと再会を果たすかは皆さまの心のなかで。
総合点:3票 物語:3票
物語部門ピコピコ【
投票一覧】
「いつか自分もこのような問題を作ってみたいです」
2017年06月07日16時
物語部門名無しさん「解説を読み終え、深い余韻に浸りました。どうしても覚えておきたい問題なので、投票させていただきます」
2017年06月06日22時
物語部門ロゴス=バイアス【
投票一覧】
「問題の「内側←→外側」の対比が良いチャームを醸し、解説の物語性を高めています。カメオが死んでしまった理由も解説を読めばグッと込み上げてくる感情があります。解説に物語性を持たせることも余分な要素ではなく、時にはもの悲しいテイストを添えることに気づかせてくれる一品。」
2017年06月06日22時