ここは海亀骨董店。
少しくすんだ骨董品が、ほこりのかぶったままに、雑然と並んでいる。
浮かない浮き輪、まばたきする絵、謎の毛玉、泡立った赤い液体の小瓶……などなど。
曰く付きの品からガラクタまで、所狭しとひしめいていた。
今日登場するのは【届かない銃弾】。
この銃弾を手にした男は、恨んでいた女を射殺したが、同じ銃弾に貫かれた瞬間、絶命したそうな。
いったい何があったのかねぇ?
16年06月07日 21:36
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[風木守人]
解説を見る
#span class='red'>残酷な描写あり。苦手な方は解説最下部の要約をお読みください
男は浮浪者だった。事業に失敗して大きな借金を背負い、気づけば、落ちるところまで落ちていた。
今日食うものにも困る身であったが、死ぬ勇気もなかった。何かこう、スパッと死ねるのなら死んでもいいか、という無気力な気持ちはあったが、踏ん切りがつかないでいた。
ある日男は雨をしのぐため、古い商店の軒先に座っていた。最近よく世話になっている商店だ。
店主らしい老婆は不気味だが、何も文句は言わないため、よく雨宿りさせてもらっている。男は暇つぶしに、商店の中を覗いた。
浮かない浮き輪、まばたきする絵、謎の毛玉、泡立った赤い液体の小瓶……不気味なものばかり売っている。
「【届かない銃弾】?」
その中でも、ひとつの銃弾が男の目にとまった。長さは8センチほどか。ライフルの弾のように見える。
「……実弾じゃねーか!」
男は事業に失敗する前に、あまりよろしくない筋の者と懇意にしていたこともあり、それが実弾であることを見抜いた。
男は店の奥を見た。丁度、店主らしい老婆は奥に行ったらしく、姿が見えなかった。
「仕方ねぇな」
男は悪いと思いながらも、それを盗むことにした。男はこんな身になっても、義理というものを重んじる性分であった。
一宿の恩とでも言うべきか。男は勝手にではあるが、雨宿りさせてもらっている身である。
これだけ堂々と売っているということは、老婆はこれが実弾だと気付いていないのだろう。見つかれば、逮捕されてしまうかもしれない。買ってやれれば一番だが、さすがにお金がなかった。
男は雨が上がるのを見計らって、【届かない銃弾】を盗み、何食わぬ顔で店を後にした。
それからしばらくして。
生活に窮した男は、本当に死ぬことにした。その時、弾丸のことを思い出して、利用することを思いついた。
浮浪者仲間に頼んで、【届かない銃弾】を撃ってもらうことにしたのだ。なけなしの全財産を報酬にして。
使うのは金槌だ。撃鉄の代わりに、コンクリートの隙間に固定した銃弾の後ろを叩く。
パン、と乾いた音とともに、雷管が破裂して銃弾が発射された。男の額に向かって一直線に。
「な、に……!?」
しかし、銃弾は男に届かなかった。発射された銃弾は、男の目の前、50センチほど離れた場所で静止していた。
まさしく、【届かない銃弾】だ。男はニヒルに笑った。
そして、約束通り浮浪者仲間に全財産を支払って、途方にくれた。服だけは勘弁してもらった。
男はそれから、銃弾を観察してみた。銃弾はどうやら回転しているようだが、こちらに向かってこない。男が一歩近づくとそれだけ離れ、一歩離れるとその分近づいてくる。一定の距離を保っているのだ。
男は次に銃弾に触れてみた。
「うぺぎょ!?」
すごい声が出た。指から血がほとばしった。威力は残っているらしい。
「くそったれ! おっと、待てよ。これを利用すれば……!」
男はある計画を思いついた。
男には恨んでいる女がいた。そいつに騙されたために、男はこんな明日もわからぬ身になってしまったのだ。
恨んでいる女が行きつけのバーに、男は張り込んだ。2日も待った頃、女が現れた。
男に気づいた女はヘラヘラ笑いながら、男に近づいた。
「まあ! まあまあまあ! 誰かと思えば貴方、どうしたんです? お金をせびりにでも来ましたか?」
酔っ払っているのだろう。無駄にテンションが高い女に、男は両手を広げて近づいた。抱擁のためではない。何も持っていないアピールだった。
「あれれぇー?」
女は何かが、男の目の前に飛んでいることに気づいたが、虫か何かだと思ったのだろう。すぐに目を男に移した。
その隙に、男は銃弾を女の背後に回すと、女から距離をとった。
銃弾に貫かれた女の頭が、弾け飛んだ。周囲が急に騒がしくなった。すぐに警察が来た。男は警察署に連れて行かれた。
しかし、程なくして釈放された。
そもそも、この銃弾は男が撃ったものではない。硝煙反応でそれが証明できた。また、どういう原理かわからないのだから、男が意図的に女を殺したとも証明できなかった。男に向かって誰かが撃った銃弾が、偶然女に当たったとも考えられた。
極め付けに、これが凶器だという証拠もなかった。何せ、どうやっても男から離れず、銃弾としての殺傷能力はあるため、調べられないのだ。
男はそのあともしばらく無気力に生きていた。恨みが晴れたかどうかはなんとも言えなかったが、晴れやかな気分ではなかった。
それに男は最近、銃弾が近づいてきていることに気がついていた。もう、あと20センチ程で、男の頭に命中する。
そして、男には【届かない銃弾】の本当の意味が、なんとなく理解できていた。
生きている間には【届かない銃弾】。おそらく、銃弾との距離は男の……。
要約
男は【届かない銃弾】を使って自殺しようとした。しかし、銃弾は途中で静止し、それ以上進もうとしない。
男はその銃弾に殺傷能力があることに気がついて、静止した弾丸にかねてから恨んでいる女を当てて、射殺した。しかし、弾丸は男の近くで静止したまま、どうしても取り除けず、凶器として提出できない。また、男が撃ったものでもなく、男が意図的に殺したことも証明できないため、男は逮捕されなかった。
しかし、ある日その銃弾が自分に近づいてきていることに男は気づいた。
その銃弾は、男が死ぬ瞬間に、男を射抜く、生きている間には届かない銃弾だったのだ。
総合点:2票 トリック:1票 物語:1票
トリック部門Period【
投票一覧】
ネタバレコメントを見る
「『この銃弾を~瞬間、絶命した』。嘘はないですが、恐らくこの問題のトリックの核。実に作り込まれた罠です。ばない」
2016年06月08日00時