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ウミガメのスープ 本家『ラテシン』 
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意地っ張りラヴァーズ(問題ページ

人の佐藤タクトからついにプロポーズされた山村カナエ。
彼女は、彼から求婚されたのは、自分が料理下手なためだと推理した。

カナエの推理過程を辿れ。
16年01月18日 21:11
【ウミガメのスープ】【批評OK】 [牛削り]



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地っ張り。

山村カナエは自らの性格をそう評価している。ひとたび思い込んだら絶対に曲げないし、納得できない常識や固定観念に縛られたくない。たとえそのせいで求めるものが手に入らないとしても、山村カナエはしばしば意地の方を優先する傾向がある。それを彼女は、自分の短所でも長所でもあると思っていた。もちろん、八対二くらいで前者の比重が大きいのだけれど。

プロポーズは男の方から。これは山村カナエにとって曲げられない信念だった。だから、親になんと言われようと、友人が次々に家庭を築こうと、街中で素敵なウェディングドレスを見つけようと、自分からは絶対に結婚の話など出さなかった。
恋人のタクトは、カナエの秘めた願いに気付く様子もなく、ルーティンのようにこの恋愛を楽しんでいるだけ。そんな風に、カナエには見えていた。

「男を落とすなら料理よ」
と、カナエの母は言った。以前、グラタンの作り方を習ったときだ。
「そ、そんなつもりじゃないよ」
否定しつつも、カナエは内心、確かにと頷いていた。
山村カナエは、世の女性に比べて料理が得意とはいえない。実家暮らしを三十年弱も続けていれば、それも無理はない。成人するまでに作ったことがある料理は、目玉焼き丼くらいである。

彼女はその日から母の指導のもと修行を積み、夕飯前のタクトの部屋に押しかけては、台所に立った。
「どう、かな?」
そう聞きながらも、わかっていた。
鍋は焦がしたし、野菜を入れる順番も間違えた。砂糖と塩と小麦粉、実家での練習のときは区別できたのに。大さじはシャベルのことではないと、タクトに指摘されて初めて知った。包丁で指を切ってしまい、貴重なAB型の血がスープに混ざり込んだ。
「うん、美味しいよ」
わかっていた。
その笑顔が、見栄っ張りの彼の精一杯だってこと。
山村カナエは、この頃には例に倣って意地になっていた。絶対に心の底から美味しいと言わせて、そのままプロポーズさせてやる。何度失敗したって絶対に。

カナエがタクトの夕飯を作るようになって二ヶ月が経過した。料理番組は必ず録画して何度も見返し、レストランではシェフを呼んでそれが本当にウミガメのスープか確かめた。彼女の日常は料理の上達のためだけに費やされるようになっていた。しかしそれでも、彼女は恋人の心からの笑顔を見られずにいた。

才能というものがある。山村カナエは絵が上手だし、発想力が豊かである。人には無い良いところをたくさん持っている。しかし料理だけは、絶望的だった。
男を落とすなら料理。確かにそれも一つの道だろう。だが男は女の優しいところにも惹かれるし、チャーミングな笑顔にも虜になる。別の道はいくらでもあるのである。しかし山村カナエの意地が、料理以外の道にブラインドを掛けていた。

その日もカナエは失敗した。母が広辞苑並みに詳細に書いてくれたレシピを見ながら作ったミートローフは、食卓に置いた瞬間に爆発した。何かの配合を間違えてしまったようだ。
タクトの顔を見たくなくて、カナエは後ろを向いた。

「カナエ」
涙声になりそうで、返事ができなかった。
「カナエ、ちょっとこっち向いて」
「なんでよ」
やっと、か細い声が出た。
「カナエ」
ぐいっと、彼が肩を掴んだ。いつになく力強い掌。
二人、正対する形になる。

「カナエ、結婚しよう」
彼は背中に隠していた左手を前に差し出した。そこにはリングケースが載っていた。
驚きのあまり、声が出ないカナエ。
なんで? まだ料理上手になっていないのに。
カナエの沈黙を感激と受け取ったのか、タクトは優しそうに微笑んで、
「左手を出して」
と言った。
言われるままに差し出す。
彼はリングケースから指輪を取ると、それをカナエの薬指にはめた。
ぴったりだった。

停止していたカナエの思考は、この時、めまぐるしく回転し始めた。
何故?
何故彼は私の指のサイズを知っていた?
カナエの指は友人と比べても細い方だ。女性の平均的な指輪のサイズは九号であるが、カナエの薬指は六号くらいが丁度いい。
サプライズで指輪を買う場合、平均的なサイズをプレゼントするのが普通である。細く見えたとしても、平均サイズの一号下あたりを選ぶのが無難なはずだ。三号下を選べるというのは、何か確信があったに違いない。
プロポーズの場で、サイズが小さくてはまらないなんて格好悪すぎる。見栄っ張りの彼がそんなリスクを犯すはずがない。
では、彼はどうやってサイズを知ったのだろう。
まず、とカナエは考える。
彼の前で指輪をしたことなどないから、カナエの持っている指輪のサイズを盗み見たというセンはない。また、タクトはカナエの友人と接点を持たないはずだから、友人から聞いたというセンもない。もっとも、カナエの指のサイズを知る友人などほとんどいないのではあるが。
では、直接測ったのだろうか。カナエが寝ている間に、指に何かを巻きつけて? ありえない、とカナエは思った。人一倍敏感なカナエは、寝ている間に悪戯をされればすぐに起きてしまう。それを掻い潜って測るなんて、不可能だ。
指輪そのものでもなく、誰かから聞いたでもない。直接でもなければ……間接?
カナエはあることに思い至った。

あの絆創膏、どこに捨てたっけ?

最初に料理を振舞ったあの夜、カナエは包丁で左手の指を切ってしまった。そう、薬指を。タクトはすぐに絆創膏をくれた。次に来た時、料理前に手を洗う際、絆創膏を取ったのだった。合わせ目を剥がすことなく、そのままくるくると指から引き抜く形で。
それを、タクトの部屋のゴミ箱に捨てた。

長い沈黙を経て、カナエはようやく薬指を見ていた顔を上げた。タクトは待ちきれないといった様子で、もう一度言った。
「結婚、しよう」

カナエは唾を飲み込み、言った。
「やだ」
「え」
タクトの身体が急に小さくなったような気がした。
「な、なんで」
「だって」

だって、意地っ張りだから。


「だって、美味しいグラタンであなたを落とすって、決めてるから」


【要約解説】
タクトがサプライズでくれた婚約指輪は、サイズがぴったりだった。
カナエは次のように推理した。
カナエが料理中に指を切ってしまい使った絆創膏のゴミをタクトが回収し、指のサイズを知った。
それで、今まで怖気づいていたサプライズのプロポーズに踏み切れたのだ、と。
総合点:3票  伏線・洗練さ:1票  物語:2票  


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伏線・洗練さ部門からす山
投票一覧
「これまでのラヴァーズシリーズと比べてもかなり長めの解説ですが、気合が入っているのが感じられ、非常に練りこまれています。かなり完成度は高いと思えます。」
2017年10月17日22時
物語部門からす山
投票一覧
「「見栄っ張りラヴァーズ」シリーズの最終回(……ですよね?)。カナエさんとタクトくんの、カナエさんの推理を交えた恋愛物語も、これにて完結。最後は二人の思いがいろいろ交錯して、これまでと比べて複雑な物語を紡ぎあげます。しかし、作品としては最終回でも、二人の物語は今もどこかで続いている。そう思わせてくれるような最終回です。俺たちの戦いはまだまだこれからだ!的な。まあともかく、ぜひ、ここまでのシリーズを順にたどった後、ご一読を。」
2017年10月17日22時
物語部門エリム
投票一覧
「このカナエシリーズは、彼女の頭の良さに常に感心させられます。ただ、彼女も完璧ではなく、ちゃんと欠点があり、そこがまた人間味があって魅力的。そんな彼女の魅力が最大限に詰まった1作。単発で読んでも十分に読み応えありです(とは言っても過去作でキャラを掴んでおくのがお勧めですが)。」
2016年01月23日21時

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