ある女が、知る人ぞ知るレストランで「とかげのスープ」を注文しました。
彼女はその「とかげのスープ」を美味しそうに飲み、シェフに聞きました。
「これは本当にとかげのスープですか?」
「はい……とかげのスープに間違いございません」
それを見ていた男は、絶対に美味しいと思っていた「とかげのスープ」を飲むことを諦めました。
何故でしょう?
15年11月05日 21:27
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[とかげ]
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森の中のレストラン、というフレーズを聞いた瞬間、嫌な予感がした。
交通の便が悪く、近隣に他の建物もないせいか、知る人ぞ知るレストランと言われているその店は、メニューも変わっているのだとか。
ログハウス風のこじんまりした店の名は、「アルマジロトカゲ亭」。
注文する料理はもともと決まっていたらしく、女が席に着くとすぐにウエイターが湯気の立つ皿を運んできた。
「わー! これが例のスープですか!?」
女は甲高い声をあげる。ややオーバーリアクションではあるが、愛嬌のある笑顔に嘘はなさそうだ。運ばれてきた料理に目を輝かせ、ウエイターの説明を熱心に聞いている。
彼女は「例のスープ」と言っていた。この店で、そんな風に呼ばれるメニューはおそらく。
「見た目は普通のコンソメスープに見えますね……」
張り切った様子で、女は大げさにスプーンを構える。スープをすくいあげたスプーンを丁寧に目線の高さまで持ち上げ、そして、彼女は何の躊躇いもなくそれを口にした。
口に含んだ一口で、彼女の表情は更に和らぎ、美味しそうにほほ笑んだ。
これは、『不味い』かもしれない。
不安と焦りがあったが、女から目を離すことはできなかった。
彼女は傍に控えていたシェフに思わせぶりに視線を送り、シェフもそれに応えてすっと前に出る。
溜めに溜めてから、彼女は尋ねた。
「これは本当にとかげのスープですか?」
一拍置いて、シェフが頷く。
「はい……とかげのスープに間違いございません」
女はもう一度スープを掬い、黄金色の綺麗な液体を掲げた。
「『とかげのスープ』……これ、『美味しい』です! すごい、何これ、美味しい!」
相変わらず甲高い声のまま、優しい味がする、お肉は意外と柔らかい、など感想を呟きながら、スープを飲み続ける。
そこまで見て、男はがっかりして、ため息を吐いた。
「残念でしたねー……珍しいゲテモノ料理だと思ったんですが」
他にもあの女が『とかげのスープ』を飲むのを見た人間がいたらしく、ミーティングではすぐにその話になった。
「爬虫類は嫌いな人多いからなあ。ほんと良いネタだったんだけどなあ……」
悔しそうに嘆く声に、同調する声。
「まさか『とかげのスープ』がダブるとはね。他局のグルメ番組で先に使われちゃうとは……『アルマジロトカゲ亭』って聞いた瞬間凍りついたよ……」
「いや、むしろ撮影前にわかって良かったですよ。バラエティ番組の罰ゲームで芸人の僕が飲むスープを、グルメ番組で可愛い女性タレントに美味しそうに飲まれちゃったら、たまらないですからね……」
あの日から幾分立ち直った男がフォローする。
「確かに、放送しちゃってたらネットで叩かれるでしょうね」
「他の罰ゲーム考えなきゃなあ……」
「しかし、『とかげのスープ』を普通にグルメとして扱う番組があるとは……あのタレントも度胸があるというかなんというか……」
非常に珍しい、『とかげのスープ』を出すレストランを見つけたときは、番組スタッフ一同、これだと思った。
ゲテモノ料理は、バラエティ番組にとってありがたいネタである。タレントや芸人が、嫌がって叫び、泣き、顔をしかめながら無理に食べる映像は、よくある罰ゲームとして視聴者にウケるからだ。しかしながら、全く同じ料理を、可愛らしい女性タレントにグルメとして食べられてしまっては……どう考えても分が悪いのはこちらだろう。
『美味しい』ネタを諦めるしかなかった男は、『不味い』表情を浮かべて、ぼやく。
「そういえば、どんな味がするんだろうなあ、『とかげのスープ』……」
END
男はバラエティ番組の罰ゲームで「とかげのスープ」を飲むことになっていたが、先に女がグルメ番組でその「とかげのスープ」を美味しそうに飲んでいたため、罰ゲームに使えなくなってしまったから。
総合点:1票 伏線・洗練さ:1票
伏線・洗練さ部門エリム【
投票一覧】
「オイシイ、マズイ・・・その一言一言を非常に丁寧に扱った1問。設定の1つ1つも細やかな気配りがなされており、謎が解けるにしたがって、なるほどと思わされる1問です」
2015年11月05日23時