人間嫌いで、ほとんど家に引きこもっている大金持ちが、自宅で殺された。
現場検証をした警部は、通報した友人にこう告げた。
「扉をこじ開けたところ、部屋の真ん中で死んでいました。部屋の中には凶器として使えそうな刃物や鈍器が複数あり、中の家具や壁はめちゃくちゃに傷つけられ、荒らされています。部屋に窓はなく、出入り口は我々がこじ開けた扉だけです。この扉も内側から施錠されており、その鍵は見つかっていません。バスルームへのドアは鍵がかかっていませんが、こちらも窓がありません。――つまり、密室です」
友人は心配そうに尋ねた。
「残念です……僕にとって大事な友人でした……誰が犯人かは、わからないのですか?」
「まあ、確かなことは解剖を待ってみないとわかりませんが……しかし……」
「もしかして、警部さんには犯人がわかったのですか?」
警部は少々自信ありげに、しめられた扉を振り返って言った。
「犯人は、この男自身でしょう」
それを聞いた友人は驚いたが、しばし考えた後、現場も死体も全く見ていないにも関わらず、こう答えた。
「私も犯人は、その男だと思います」
この事件の真相を解き明かしてください。
15年10月20日 21:31
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[とかげ]
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大切な僕の友人の死について、皆さんは真相を知ることができたでしょうか?
ここからは僕の推理をお聞きください。
警部は犯人が『この男自身だ』と言いました。つまり自分自身のせいで死んでしまったというのです。
これは、他殺でないことが明らかであり、なおかつ死因がはっきりしている場合にしか言えません。前者から、遺体に目立った外傷がないこと、後者から服毒死や病死ではないことが、はっきりします。
そして、解剖はまだ済んでいないのですから、死因は見た目で判断できるはずです。これらの条件を満たす死因……ここで、僕には餓死が思いつきました。遺体が見るからにやせ細っており、餓死だと考えたのだろうと推理したんです。
餓死という自殺方法をとった可能性も考えられますが……しかし、先に聞いていた部屋の状況から、警部の推理はおそらくこうでしょう。
『この男は自分で内側から鍵をかけたものの、その鍵を失くして開けられなくなり、助けも呼べずに餓死してしまった』
鍵は見つかっていないみたいですからね。部屋が荒らされたような様子なのは、なんとか内側から出ようと、部屋にあった刃物や鈍器で壁の破壊を試みた結果、という判断だと思います。
しかし……しかしです。
警部の話は最初から、おかしなことだらけでした。僕は疑問符を浮かべながらずっと話を聞いていたのです。
まずはその部屋のおかしなところを整理しましょう。
そもそも、なぜ、こんなにも凶器になるような道具があるのですか?
いくら人間嫌いだからと言っても、護身用にしては多すぎます。これだけたくさんの凶器があれば、むしろ危害を加えて来る輩に武器を取られてしまうことになりかねません。
実際部屋を壊すには不十分だったわけですから、鍵を失くしてしまったときのための緊急用でもありませんね。一体何のために、ただ大金持ちというだけの友人が、部屋にこれほどの凶器を持ち込んでいるのでしょうか。
そして、更におかしいのはこの密室をつくった鍵自体です。個室に内鍵というのは普通の家にもありますが、内側からわざわざ鍵を使って施錠するというのはあまり見かけません。それこそ、失くしてしまったら大変です。自分一人が部屋に入り、外から開けられないようにしたいだけなら、いわゆるサムターン型のつまみを回すタイプで十分なはず。
なぜ、わざわざ別に鍵を用意しなくてはいけない、面倒な内鍵にしたのでしょうか?
いいえ、これらの謎は、ただそれだけであれば些末な問題です。友人がそれほどまでに人間不信に陥っていたのかもしれないですからね。もともと相当な変わり者でしたし。
でもね……ええ、もうこれはどう考えてもおかしいんです。
だって、その遺体……友人ではないのですから。
そりゃあ、友人のことを知らない警部さん達が、勘違いするのも無理はありませんよ。ずっと閉じこもっている人でしたから、近所の人も見たことがなかったでしょう。
でもさすがに僕にはわかりました。遺体をみなくても、です。だって警部さんが、「犯人は、この男自身でしょう」と言ったじゃあないですか。
僕の友人は、人間嫌いで大金持ちの友人は、女性です。
だから僕は驚きました……友人の部屋で死んでいるのは、友人ではないんですから!
さて、僕の疑問、わかっていただけたでしょうか?
ここから更に、僕はある推理をしました。
まずおかしな部屋の凶器と鍵……ここから推理するに、この部屋には大金持ちの友人以外の人間も入り、そしてその人間を外に出したくないということではないですか?
一緒に中に入った人間を外に出さないために、自分しか持っていない鍵でわざわざ内側から施錠するのです。
一体何のためかって? それは……それは、実際のところは友人しかわからないでしょう。しかし、あの部屋の刃物、鈍器……これは僕の妄想でしょうか? ばかばかしいと思うかもしれませんが、聞いてください。友人は、この部屋で殺人を犯していたのです。ここは獲物を閉じ込める部屋。自分と獲物が中にいる間、外から邪魔されないように、そして獲物自身が逃げないように、内側からも鍵で施錠できるようなドアになっていたのですよ。この部屋にはバスルームがついているのですよね。もうこうなったら、血を洗い流すための場所としか考えられなくなりました。
――いえ、殺すだけで済んでいたかどうか。さすがの友人も、殺した後始末を金で解決できたとは思えません。一番手っ取り早いのは、この世からなくしてしまうことですよね。……食べて、いたのではないかと。たくさんの凶器があったのは、肉や骨を切るためではないのでしょうか?
なにはともあれ、この妄想を続けてみましょう。
友人は殺し、食らうために、どうにかしてこの部屋へ獲物達を連れてきていた。しかしあるとき、何かの拍子に、獲物の方が友人を殺すチャンスを得たのです。かくして食人鬼であった僕の友人は、自分が食べるはずの獲物に逆に殺された。
しかし、獲物もこの部屋からは出られない。
何せ獲物が逃げられないようにつくられた部屋です。鍵はきっと、友人自身しかわからないところに隠してあるのでしょう。友人は人づきあいを嫌いますから、家に訪ねて来る人もほとんどいません。せっかく危機を逃れられた獲物ですが、今度は部屋から出られなくなった。バスルームの水だけではそう長く持ちません。
部屋にある食べ物は……友人の死体だけ、でしょうね。
幸い、肉や骨を切り刻むための道具はたくさんあります。
自分が殺した友人の死体で食いつなぎ、しばらく生きていたのでしょう。何とか外へ出ようと、壁を壊してみるも、頑丈過ぎて傷をつけるだけで精一杯。待てど暮らせど、助けは来ない。
なんと恐ろしい時間なのでしょう。僕だったら、その恐ろしさに思わず自殺するかもしれません。
友人の死体も食べ終わり、ついに食べ物がなくなってしまった獲物は、この部屋で飢え死にすることになりました。
ですから、友人を殺したのは、死体のこの男です。どこの誰とはわかりませんが、可哀そうなことをしたものです……。
この家の本当の持ち主が女性であること、死体は赤の他人であることは、すぐに警察がつきとめるでしょう。
そこから先の真実は……どこまで明らかになるかはわかりませんが。
しかし、運命というのはわからないものですね。
友人と言ってもとにかく人づきあいを嫌いますから、直接会うのは久しぶりでした。メールで連絡を入れてもなかなか返事がないから、心配して見に来たのです。車が家にあるのに、呼び鈴を鳴らしても出ない、近所の人に聞くと1年以上見ていないというから、まさかと思って通報しました。
このまま誰も来なかったら、一体どれだけ長い間、あの密室は孤独のままだったのでしょうね。
END
①警部が解剖前に男自身が犯人だと判断したことから、死体の見た目から死因が明らかで、他殺ではありえないということだ。条件にあてはまりそうな死因は餓死だ。
②友人は大金持ちが女であることを知っていたので、その死体が大金持ち自身ではないことがわかった。
③内側から鍵を使って施錠するつくり、部屋の中の複数の凶器から、その部屋はもともと大金持ちが人を殺して食べるためのものだったと気付いた。
④死体は大金持ちが殺して食べようとした男で、反対に大金持ちを殺して食べていたが、鍵がないため密室から出られず餓死した。大金持ちの死体はすべて男が食べたので見つからなかった。
総合点:2票 伏線・洗練さ:2票
伏線・洗練さ部門牛削り【
投票一覧】
「タイトル通り、ロジックに重きを置いた作品。提示されたわずかな情報から論理を連鎖させ真実を紡ぎ出すという構成は、安楽椅子探偵の傑作「九マイルは遠すぎる」を彷彿させる。実によく考え抜かれた作品です。」
2015年10月22日12時
伏線・洗練さ部門ぽんぽこぺん【
投票一覧】
「ここまでとは。。さすがとかげさん。完敗です。」
2015年10月20日22時