冒険家クロコは、「ついに私は人類初となるワニワニ山登頂に成功した」と発表した。
記録ビデオにはっきりクロコが登頂を果たす様子が映っていたので、彼女を応援していた人々は、「クロコの発表は嘘だ。嘘じゃないのならガッカリだ」と落胆した。
どういうことだろう?
15年07月19日 13:29
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[とかげ]
解説を見る
冒険家クロコは、女性ながら数々の危険に挑戦してきた、今流行りの「美人すぎる冒険家」である。
たくさんのファンに応援されており、冒険から帰ってくると各種メディアに引っ張りダコだ。
今回の冒険も、本当に成功したのであれば人類初登頂という快挙であるため、もちろん注目されていた。
一方で、「そんな危険な冒険が、本当に女性にできたのか?」と半信半疑な人々も多かった。
そんな疑いがかかることを想定していたクロコは、登山の全行程をビデオに撮影していたのだ。そうすればクロコが確かに登頂したという証拠になる。しかも、「美人すぎる冒険家」の映像はメディアにも大ウケだろう。
クロコは妥協を許さない――冒険にも、映像にもだ。彼女が実際にどんな苦難を乗り越えていくかをリアルにかつ美しく伝えるため、クロコの冒険にはプロの取材班が同行していた。
登頂成功という発表とともに、クロコは撮影した記録ビデオも公開した。
すぐに特番で、それらの映像を編集したドキュメンタリーが流された。
『蛇です……! これは大きいですね、人間一人くらい丸のみできるでしょう』
『今、崖崩れがすぐそこで起こって、ここも危ないです! 逃げます! 最低限の荷物だけ持って! ○×▲※……!?』
『現地の村人に歓迎していただきました。これはこの村のごちそうだそうです。蜥蜴のステーキかな?』
記録ビデオの中で、クロコはレポーターさながらに、珍しい動植物や文化を紹介していく。危険が襲いかかるリアルな冒険に、美しい冒険家が立ち向かう絵に、人々は釘づけになった。彼女の冒険譚を訝しげに聞いていた人々もいつしか彼女の努力に心を打たれ、誰もがクロコの冒険を称え始めていた。
最後のシーンを、見るまでは。
『ついに……ここが、ゴールですね……』
汗や泥にまみれ、息も絶え絶えのクロコが、それでも目的地を目指して前へ前へと進み続ける。薄汚れていても、彼女は美しかった。
『ここに到達できた冒険家は、これまで誰もいません。私が、初めてということに、なります』
息も途切れ途切れに語るクロコの顔が、正面からアップになる。
『あそこです、あそこがこの山の頂上……!』
最後の最後に立ちはだかったロッククライミングのシーンは、下からクロコがこちらに向かって這いあがってくる様子がよくわかり、臨場感あふれる絵になっていた。
感動的な場面だ。
感動的な場面になる、はずだった。
「ん? これおかしくないか?」
「どうしたの?」
「これさ、頂上を目指してるクロコの顔が、ばっちり映ってるよね」
「うん、だから替え玉とかじゃなく、本当にクロコがちゃんとここまで登ってきたってことだよね!」
「そりゃそうだけど……撮影してるカメラの方が、先に頂上登ってるよね」
「……確かに」
「それって……クロコが初登頂って言えるの?」
「えーと……一旦クロコが登ってから、このシーン撮り直してるとか……」
「それはそれで幻滅だろ」
この映像が本当に証拠となる記録ビデオなら、クロコより先にカメラマンが初登頂を果たしているので、「ついに私は人類初となるワニワニ山登頂に成功した」というクロコの発表は嘘である。
もし発表が嘘でないのなら、この映像はメディアのために撮り直したもの――すなわち完全にヤラセであるということになる。
いずれにせよ、記録ビデオとしての役割よりも効果的な映像を優先してしまったクロコに対し、彼女を応援していた人々は心底落胆した。
せっかくの偉大な業績にも関わらず、できそこないの冒険譚になってしまったことは、言うまでもない。
END
クロコが目的地に到達するシーンは、彼女を上から見下ろすように撮られていた。つまり「クロコではなく撮影しているカメラマンが初登頂」となるので発表は嘘である。嘘でないなら「映像は初登頂後に撮り直したヤラセ」であるため、ガッカリである。
総合点:1票 納得感:1票
納得感部門牛削り【
投票一覧】
「冒険の記録映像を観るときに誰もが感じてしまうある疑問。そのままでは掴みどころのない疑問が、背景に極端な場面が設定されることで途端に輪郭を得る。日常にありふれている曖昧なものに形を与え、問題に結実させてくれた功績に一票。」
2015年07月24日21時