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誰かの死体(問題ページ)
ある男が死んだ。
しかし、埋葬された死体は彼のものではなかった。
妻を始め、幾人かはそれを知っていた。
どういうことだろう?
しかし、埋葬された死体は彼のものではなかった。
妻を始め、幾人かはそれを知っていた。
どういうことだろう?
14年09月23日 21:11
【ウミガメのスープ】【批評OK】 [とかげ]
【ウミガメのスープ】【批評OK】 [とかげ]
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私は様々な分野で活躍した。
大企業の社長も務めたし、政治家にもなった。平和活動を行い、貧しい国への寄付にも積極的だった。世界は私を褒め称えたし、私も人類に貢献できて喜ばしかった。
ただ、世界中で活躍するというのは、思った以上に危険が付きまとうことだった。治安が良く、環境が整備された都会ばかりが、私の目的地ではない。命の危機を感じることも少なくなかった。
最初は――初めてのことというのは、印象が強いものだが――右足だった。
ある建築現場の視察をしている際に落下物があり、それが運悪く私の足を押しつぶしたのだ。
当時の医療技術を持ってしても、足首から先は諦めるより他なかった。
しかしその頃ちょうど、臓器に限らず、四肢などの人体移植も成功例が増えてきていた。私は多額の研究費を寄付し、当時の最高の技術を駆使した移植手術を受けた。ドナーは不慮の事故で亡くなってしまった青年だったそうだ。彼の足が私に移植されたことを知り、彼の家族も喜んでくれた。リハビリもうまくいき、出会う前に亡くなった青年の足は、まるで昔から私の足であったかのごとく、自然に馴染んでくれた。
そして私は……それまで以上に、積極的に世界中を渡り歩くようになった。移植手術の経験は、私をより大胆にさせたのだ。もしまた大怪我をするようなことがあっても、移植手術を受ければ私は私の身体を取り戻せるのだから。
……それからのことは、容易に予想できるだろう。
私は危険にさらされ、怪我をするたびに、その部分を移植してきた。
手足を失えば代わりの手足を。
火傷をすれば代わりの肌を。
筋力が落ちれば代わりの筋肉を。
歳を取ると胃や肝臓など、内臓の具合も悪くなってきたので、そちらも良いドナーが見つかり次第、移植していった。
そのうち、大して悪くなっていない個所でも、条件の合うドナーがいれば、気軽に手術するようになった。私はそれを「交換」と呼び、若く元気な身体が手に入ることに喜びを感じるようになった。
身体は若く、顔だけがどんどん歳を取ることに嫌気がさし、ついには顔を交換した。
調子の悪い個所を随時交換していったので、私は驚くほど元気なまま歳を重ねた。
それは、いささか病的な行動だったのかもしれない。
交換したいと思う気持ちは止められなかった。
しかし一方で、交換するたびに自分がなくなっていくことに恐怖すら覚えていた。
私は一体、何者なのだろうか。
私は果たして……
「なあ……私は、まだ『私』なのだろうか」
それまでずっと疑問に思っていて――口にするのが憚られたことを、呟いてみる。
「おかしなことを言うのね」
歳の離れた妻が、ベッドに横になる私に布団をかけてくれながら笑う。
妻の周りでは、私の移植手術を何度も担当してくれ、今やかかりつけ医となった医療チームが、寝る前の私の健康診断のために動き回っている。
「あなたは、あなたよ」
まだ若い妻は、身体のどこも移植していない。私は……一体、どれだけの交換を繰り返してきたことか。
だが、身体はどのパーツも若く健康だけれど、頭の中身は既に100年以上生きた老人だ。
いつ死んでもおかしくはない、そんな年齢だということと、この不自然な身体が、違和感を生むのかもしれない。
「……そうだな、変なことを言ってすまない」
「いいのよ、疲れてるみたいだし、もう眠ったほうがいいわ」
優しく語りかける妻。妻は見た目も美しいが、その声も大変美しい。そういえば、私は声帯も交換した。交換した直後は、今までと違う、若々しく低い声が気に行っていたのだが……そういえば、もともとの自分の声が、今や思い出せなくなっている。
「ああ、眠ることにする……診断は、続けてくれ」
「わかりました、おやすみなさい」
「おやすみなさい、あなた」
妻と医療チームがいれば、私は安心して眠ることが出来る。
うとうととまどろむ中、妻の美しい声は、子守唄のようにゆったりと頭に響いてくる。
「やっぱり、もう脳がダメみたい。100年以上使っているのですものね……予定通り、データだけ別に保存して、交換してちょうだい」
END
男は身体のありとあらゆる部分を、移植によって他人の身体と交換していた。彼が死んだとき、もともとの彼が持っていた身体は一切なかったため、死体は彼のものではなかったのだ。
ちなみに、テセウスの舟がモチーフです。
大企業の社長も務めたし、政治家にもなった。平和活動を行い、貧しい国への寄付にも積極的だった。世界は私を褒め称えたし、私も人類に貢献できて喜ばしかった。
ただ、世界中で活躍するというのは、思った以上に危険が付きまとうことだった。治安が良く、環境が整備された都会ばかりが、私の目的地ではない。命の危機を感じることも少なくなかった。
最初は――初めてのことというのは、印象が強いものだが――右足だった。
ある建築現場の視察をしている際に落下物があり、それが運悪く私の足を押しつぶしたのだ。
当時の医療技術を持ってしても、足首から先は諦めるより他なかった。
しかしその頃ちょうど、臓器に限らず、四肢などの人体移植も成功例が増えてきていた。私は多額の研究費を寄付し、当時の最高の技術を駆使した移植手術を受けた。ドナーは不慮の事故で亡くなってしまった青年だったそうだ。彼の足が私に移植されたことを知り、彼の家族も喜んでくれた。リハビリもうまくいき、出会う前に亡くなった青年の足は、まるで昔から私の足であったかのごとく、自然に馴染んでくれた。
そして私は……それまで以上に、積極的に世界中を渡り歩くようになった。移植手術の経験は、私をより大胆にさせたのだ。もしまた大怪我をするようなことがあっても、移植手術を受ければ私は私の身体を取り戻せるのだから。
……それからのことは、容易に予想できるだろう。
私は危険にさらされ、怪我をするたびに、その部分を移植してきた。
手足を失えば代わりの手足を。
火傷をすれば代わりの肌を。
筋力が落ちれば代わりの筋肉を。
歳を取ると胃や肝臓など、内臓の具合も悪くなってきたので、そちらも良いドナーが見つかり次第、移植していった。
そのうち、大して悪くなっていない個所でも、条件の合うドナーがいれば、気軽に手術するようになった。私はそれを「交換」と呼び、若く元気な身体が手に入ることに喜びを感じるようになった。
身体は若く、顔だけがどんどん歳を取ることに嫌気がさし、ついには顔を交換した。
調子の悪い個所を随時交換していったので、私は驚くほど元気なまま歳を重ねた。
それは、いささか病的な行動だったのかもしれない。
交換したいと思う気持ちは止められなかった。
しかし一方で、交換するたびに自分がなくなっていくことに恐怖すら覚えていた。
私は一体、何者なのだろうか。
私は果たして……
「なあ……私は、まだ『私』なのだろうか」
それまでずっと疑問に思っていて――口にするのが憚られたことを、呟いてみる。
「おかしなことを言うのね」
歳の離れた妻が、ベッドに横になる私に布団をかけてくれながら笑う。
妻の周りでは、私の移植手術を何度も担当してくれ、今やかかりつけ医となった医療チームが、寝る前の私の健康診断のために動き回っている。
「あなたは、あなたよ」
まだ若い妻は、身体のどこも移植していない。私は……一体、どれだけの交換を繰り返してきたことか。
だが、身体はどのパーツも若く健康だけれど、頭の中身は既に100年以上生きた老人だ。
いつ死んでもおかしくはない、そんな年齢だということと、この不自然な身体が、違和感を生むのかもしれない。
「……そうだな、変なことを言ってすまない」
「いいのよ、疲れてるみたいだし、もう眠ったほうがいいわ」
優しく語りかける妻。妻は見た目も美しいが、その声も大変美しい。そういえば、私は声帯も交換した。交換した直後は、今までと違う、若々しく低い声が気に行っていたのだが……そういえば、もともとの自分の声が、今や思い出せなくなっている。
「ああ、眠ることにする……診断は、続けてくれ」
「わかりました、おやすみなさい」
「おやすみなさい、あなた」
妻と医療チームがいれば、私は安心して眠ることが出来る。
うとうととまどろむ中、妻の美しい声は、子守唄のようにゆったりと頭に響いてくる。
「やっぱり、もう脳がダメみたい。100年以上使っているのですものね……予定通り、データだけ別に保存して、交換してちょうだい」
END
男は身体のありとあらゆる部分を、移植によって他人の身体と交換していた。彼が死んだとき、もともとの彼が持っていた身体は一切なかったため、死体は彼のものではなかったのだ。
ちなみに、テセウスの舟がモチーフです。
総合点:3票 物語:3票
最初最後
物語部門苔色
【投票一覧】2017年09月27日23時
【投票一覧】
ネタバレコメントを見る
「問題文とタイトルより、「死体は彼のものではない、では誰の死体なのか?」という問いに見せかけて、答えは全く別のところにあります。彼のものではないのに、絶対に彼以外のものではあり得ない死体。考えさせられる物語です。」
物語部門蓮華
【投票一覧】2016年06月02日19時
【投票一覧】
ネタバレコメントを見る
「解説の重さに震えます。「identity」に正確に対応する日本語がありませんが、わたしたちは何をもって他人を「identify」するのでしょうか。「識別」とは意味の異なる、とても深い話であると思いました。」
最初最後