しかし、埋葬された死体は彼のものではなかった。
妻を始め、幾人かはそれを知っていた。
どういうことだろう?
シェフの気まぐれスープ
ある男=彼ですか?
YES 埋葬されたのは男の死体ではなかったということです
ある男の死体はこの世に残っていますか?
YESNO どちらでも構いません [良い質問]
実際に埋葬された死体は人間の死体ですか?
YES 動物とかではないです
ある男の「墓」に、別の死体が埋葬されたということですか?
YES 墓です
妻など真相を知る人々は良からぬことを考えていましたか?
NO 悪いことしません!
埋葬された死体はある男やその妻の知り合いでしたか?
YESNO とだけ…… [良い質問]
現代日本で成立しますか?
NO 現代では成立しません! [良い質問]
自分以外の死体が埋葬されることを、死んだ男は生前知っていましたか?
一応YES 生前に知ることが可能な状況でした
妻や何人かが別の死体を埋葬した(させた)のですか?
YES 妻が喪主です
「妻や幾人か」の「幾人か」は特定することが重要ですか?
NO 周囲の親しい人くらいに思ってください
彼は臓器や自身の体を他人に提供したりしましたか? [編集済]
NO 提供はしていません! [良い質問]
悲惨な事故又は災害のため、犠牲者の個別判別や個別埋葬が不可能な状況でしたか?
NO 安らかに亡くなりました
彼の死因は病死ですか?
YESNO 重要ではありません
男の死因は重要ですか?
NO 重要ではありません
彼の死因は病死ですか?
YESNO 重要ではありません
人身御供ですか?
NO いけにえません
埋葬された死体は1人分ですか?
YES 多くも少なくもありません
埋葬された死体は彼そっくりですか?
NO 替え玉を埋めたわけではありません
舞台は現在より未来ですか?
YES オーバーテクノロジーます! [良い質問]
クローンは関係ありますか? [編集済]
NO クローンではなく……
ある男の遺体を守る為に、別人を埋葬しましたか? [編集済]
NO そもそもある男の遺体は……
本人をある男として埋葬すると、身内に不都合がありますか?
NO 埋葬すると不都合なのではなく、そもそも本人を埋葬するのは…… [良い質問]
ある男の職業は重要ですか?
NO 重要ではありません
時系列として埋葬されたのは男が死ぬより前ですか?
NO 死んでから埋葬です
埋葬されているのはご先祖様ですか?
NO 家族でも親戚でもありません
11より、逆に体のあらゆる部分について移植を受け、物理的には完全に別人の体になっていますか?
YES! その通りです! [正解]
埋葬の方法は重要ですか?
NO 埋葬でも火葬でも宇宙葬でも成り立ちます
大企業の社長も務めたし、政治家にもなった。平和活動を行い、貧しい国への寄付にも積極的だった。世界は私を褒め称えたし、私も人類に貢献できて喜ばしかった。
ただ、世界中で活躍するというのは、思った以上に危険が付きまとうことだった。治安が良く、環境が整備された都会ばかりが、私の目的地ではない。命の危機を感じることも少なくなかった。
最初は――初めてのことというのは、印象が強いものだが――右足だった。
ある建築現場の視察をしている際に落下物があり、それが運悪く私の足を押しつぶしたのだ。
当時の医療技術を持ってしても、足首から先は諦めるより他なかった。
しかしその頃ちょうど、臓器に限らず、四肢などの人体移植も成功例が増えてきていた。私は多額の研究費を寄付し、当時の最高の技術を駆使した移植手術を受けた。ドナーは不慮の事故で亡くなってしまった青年だったそうだ。彼の足が私に移植されたことを知り、彼の家族も喜んでくれた。リハビリもうまくいき、出会う前に亡くなった青年の足は、まるで昔から私の足であったかのごとく、自然に馴染んでくれた。
そして私は……それまで以上に、積極的に世界中を渡り歩くようになった。移植手術の経験は、私をより大胆にさせたのだ。もしまた大怪我をするようなことがあっても、移植手術を受ければ私は私の身体を取り戻せるのだから。
……それからのことは、容易に予想できるだろう。
私は危険にさらされ、怪我をするたびに、その部分を移植してきた。
手足を失えば代わりの手足を。
火傷をすれば代わりの肌を。
筋力が落ちれば代わりの筋肉を。
歳を取ると胃や肝臓など、内臓の具合も悪くなってきたので、そちらも良いドナーが見つかり次第、移植していった。
そのうち、大して悪くなっていない個所でも、条件の合うドナーがいれば、気軽に手術するようになった。私はそれを「交換」と呼び、若く元気な身体が手に入ることに喜びを感じるようになった。
身体は若く、顔だけがどんどん歳を取ることに嫌気がさし、ついには顔を交換した。
調子の悪い個所を随時交換していったので、私は驚くほど元気なまま歳を重ねた。
それは、いささか病的な行動だったのかもしれない。
交換したいと思う気持ちは止められなかった。
しかし一方で、交換するたびに自分がなくなっていくことに恐怖すら覚えていた。
私は一体、何者なのだろうか。
私は果たして……
「なあ……私は、まだ『私』なのだろうか」
それまでずっと疑問に思っていて――口にするのが憚られたことを、呟いてみる。
「おかしなことを言うのね」
歳の離れた妻が、ベッドに横になる私に布団をかけてくれながら笑う。
妻の周りでは、私の移植手術を何度も担当してくれ、今やかかりつけ医となった医療チームが、寝る前の私の健康診断のために動き回っている。
「あなたは、あなたよ」
まだ若い妻は、身体のどこも移植していない。私は……一体、どれだけの交換を繰り返してきたことか。
だが、身体はどのパーツも若く健康だけれど、頭の中身は既に100年以上生きた老人だ。
いつ死んでもおかしくはない、そんな年齢だということと、この不自然な身体が、違和感を生むのかもしれない。
「……そうだな、変なことを言ってすまない」
「いいのよ、疲れてるみたいだし、もう眠ったほうがいいわ」
優しく語りかける妻。妻は見た目も美しいが、その声も大変美しい。そういえば、私は声帯も交換した。交換した直後は、今までと違う、若々しく低い声が気に行っていたのだが……そういえば、もともとの自分の声が、今や思い出せなくなっている。
「ああ、眠ることにする……診断は、続けてくれ」
「わかりました、おやすみなさい」
「おやすみなさい、あなた」
妻と医療チームがいれば、私は安心して眠ることが出来る。
うとうととまどろむ中、妻の美しい声は、子守唄のようにゆったりと頭に響いてくる。
「やっぱり、もう脳がダメみたい。100年以上使っているのですものね……予定通り、データだけ別に保存して、交換してちょうだい」
END
男は身体のありとあらゆる部分を、移植によって他人の身体と交換していた。彼が死んだとき、もともとの彼が持っていた身体は一切なかったため、死体は彼のものではなかったのだ。
ちなみに、テセウスの舟がモチーフです。
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