動物学者の江田は、その豊富な動物知識ゆえに死んだ。
いったいどういうことだろう?
17年10月20日 21:42
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[牛削り]
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漂流し無人島に流れ着いた江田は飢えていた。
一命はとりとめたものの、食料がない。
どの実が食べられるかわからないし、狩りの道具もない。
飲まず食わずの三日目、朦朧としながら分け入った林で、地面にうずくまる一羽の鳩を見つけた。
近づいてもバタバタするばかりで、飛び立つ気配がない。どうやら翼を怪我しているようだ。
(しめたぞ)
捕まえようと手を伸ばしかけた江田は、あることに気付いた。
頭から首、背にかけてを彩る滑らかなコバルトブルー。
その直下の首元から突如始まる夕日のようなオレンジは、腹から尻の純白へと見事なグラデーションをなしている。
そして真紅の、細くしなやかな脚。
(間違いない、リョコウバトだ)
リョコウバト。
十九世紀には百億羽を超える生息数だったと言われているが、その肉の美味ゆえに乱獲され、瞬く間に数を減らした。
一九〇七年に野生最後の一羽が殺され、一九一四年には飼い鳥も含めたすべてのリョコウバトが地球上から姿を消した。
百億羽が、わずか百年で絶滅したのである。
……と言われている。
「こんなところで生き残っていたなんて……」
記録によれば、リョコウバトの肉は脂がのって非常に美味しいそうだ。
江田は自分に残された体力から見て、この鳥を食べなければ次はないと感じた。
(食べるか……いやしかし……)
リョコウバトのルビーのような眼が江田を見つめる。
江田も見つめ返す。
交わされたのは、死にゆくもの同士のシンパシー。
食べなければ死ぬ。
食べればリョコウバトが死ぬ。
必要を遥かに超えた欲望ゆえに、リョコウバトを絶滅に追い込んだ人間の愚かさ。
それを彼は感じる。
江田が抱き上げても、リョコウバトは抵抗しなかった。
木の枝や蔦で簡単な手当てを施し、安全なところに放してやると、リョコウバトはとことこ歩いてどこかへ行き、見えなくなった。
それを見届けると、江田は落ち葉の上に仰向けに倒れた。起き上がる気力はもうない。
(これでいいんだ。俺なんか、たった七十億分の……)
数日後。
木々の隙間から覗く青空を、濃褐色の凛々しい翼が覆った。
その光景が、彼の眼球に映っていた。
【要約解説】
流れ着いた無人島で江田が見つけたのは、傷ついた鳥。
その鳥を食べれば飢えを凌げるが、江田は動物知識ゆえ、その鳥が絶滅危惧種だと気付いてしまう。
その一羽がその種の最後の一羽かもしれないと思った江田は、食べることができず、餓死した。
総合点:3票 チャーム:1票 納得感:1票 物語:1票
チャーム部門からす山【
投票一覧】
「動物学者が動物知識が豊富なのは分かりますが、そのために死んだ?問題文の最後の急な3文字が強烈なインパクト、高いチャームです。」
2017年10月21日20時
納得感部門からす山【
投票一覧】
「確かに納得です。動物学者でなければ、死ななかったかもしれませんが、生粋の動物学者であればこそ、これは、死ぬのでしょう。納得のタイトルも重みがあります。」
2017年10月21日20時
物語部門からす山【
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「さすがの牛削りさん、重厚なテーマを集まった見事な物語です。この端的な問題文から、この解説が出てくることもビックリ予想外です。」
2017年10月21日20時