【無茶振り三題噺16】世界は平和だった(問題ページ)
勇者は優秀な仲間をかき集め、伝説の武器や防具を揃え、何年もかけて修行を重ねたが、魔王を倒すことができずにいた。
しかし、勇者の仲間の一人であった賢者は、たった一週間で世界を平和にしてしまった。
どういうことだろう?
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※この問題は「賢者」「しゅうかん」「カキ」のお題をもとに作られた三題噺の問題です。
~無茶振り三題噺とは?~
「三つのキーワードから問題を作ろう」という企画です。
詳しくは、掲示板『ラテシンチャットルーム』の『無茶振り三題噺』をご覧ください。
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14年11月16日 23:12
【ウミガメのスープ】【批評OK】
[とかげ]
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数多の魔王が登場し、数多の勇者が生まれた。一人の魔王を倒すのに、何人もの勇者が必要だったこともあれば、たった一人の勇者が何代も魔王を倒し続け、最後は老衰で静かに息を引き取るようなこともあった。倒されても倒されても、新たな魔王は必ずどこかに現れ、新たな勇者が必ずどこかで魔王討伐を胸に立ち上がるのだった。
そして、現代――
相も変わらず、勇者と魔王という対立は続いていた。
勇者は魔王を倒そうと意欲的だったし、それに賛同する仲間もたくさんいた。
違ったのは、彼らを取り巻く一般人……世論とでもいうべきだろうか。勇者でも魔王でもなく、彼らに仕える魔族や仲間でもなく、ただそこに存在して日々の平和な暮らしだけを望む、何の変哲もないその他大勢の人々だった。
人々は……戦いなど、望んでいなかった。正義と悪の対立には興味がなかった。自分達が毎日を平和に過ごすことができるならば、魔王が世界を支配したって構わないとすら思っていた。
時代によって変わる勇者・魔王事情に、翻弄されるのはいつも一般人である。幾度となく繰り返される争いに、人々は疲弊していた。そして、勇者が勝たずとも、魔物が出歩く山奥を避け、自分達の小さな土地を堅実に守っていけば、十分平和に暮らせることに気付き始めていたのだった。
そして現代の魔王もまた、争いを好まぬ平和主義の変わり者であった。強靭な肉体と恐るべき魔力を持ちながら、それを戦に使う気はさらさらなかった。手下の魔物達をむやみに人里へ送り込むこともせず、ただ魔王城に乗り込もうとする命知らずな輩を、自分達の命を守るために攻撃していただけだった。魔王はただ、自分と自分の可愛い手下達が幸せに暮らせればいいと、それだけを願う実に平凡な思想の持ち主だったのだ。
人々は思った。この魔王ならば、共存できるのではないだろうか。勇者が魔王を倒さずとも、争いのない平和な世界が訪れるのではないだろうか。魔王を倒す必要がなければ、魔王討伐のためと銘打って徴収される税金も払わずに済むのではないか。訪問してくる勇者とその仲間達に気を使い、食事を用意し、労い、村の秘宝や先祖の遺跡を明け渡さずにいられるのではないか。勇者に誘われて村を出て行った若者達が、悲しい骸となって戻ってきて、激昂することさえ許されず悔し涙を流す日も、なくなるのではないか……。
そんな人々の心の内に薄々勘付き始めていたのが、勇者の仲間の一人である、賢者であった。鈍感な勇者はひたすらに魔王討伐を目指し、日々努力していたが、賢者はこの状況に違和感を覚えつつあった。
『勇者こそ正義である』
『悪の象徴である魔王を倒すことが世界平和への道だ』
そう唱えた王の言葉を疑うこともせず、人々が勇者という存在に感謝していると信じ込んで、何年も魔王討伐だけを考え続けてきた勇者。魔王が戦いを望まぬという書簡を送ってきても、王はそれを罠だとはねのけ、一層の努力を勇者に望むのだ。
賢者は、決断した。
それがこの世界をひっくり返してしまうことだとしても。今目の前にいる人々の平和を守らずして、何のための世界であろうか。何のための、我が頭脳であろうか――
「勇者よ……気でも狂ったか……!!」
震える声で、それでも威厳を保とうとふんぞり返る王に、勇者は構わず剣の切先を向けた。
「黙れ、王よ……いや、魔王よ。何年も魔王の存在すら見つからないなど、おかしいと思っていた。お前が……お前こそが魔王だったのだな……!?」
「な、なんだと……?」
勇者はじりじりと間合いをつめ、王の喉元を狙う。王は……魔王などではない、ただの人間にしか過ぎない王は、それに抗う術を持たない。
「魔王討伐のためと言って税金を絞りとり、いたずらに争いを起こし、何の罪もない人々を死に追いやった。そうして民を苦しめていたことに、勇者である私が何年も気付けなかったとは、情けない。しかし、もう騙されないぞ!!」
「待て、違う、わしは魔王などでは……!?」
王の弁明は勇者に届かなかった。最後まで言うこともできなかった。賢者はただその様子を、静かに眺めているだけだった。
王の亡骸は魔王として葬られた。人々は今まで仕えていた王が魔王であったということに驚き、しかし最終的には納得した。誰もいなくなった王座には、勇者が座ることを望む者もいたが、結局空席のまま何十年も平和に過ぎて行った。
賢者は使命を果たした勇者を労い、平和になった世界を勇者と共に旅をして回った。
時折勇者の元から数日離れることがあったが、野暮用だと言いはり、その件については決して多くを語らなかった。
「しかし、王が魔王であったとは、なかなか面白いことを吹き込んだ」
「またそのような昔話を。もういいだろう、忘れてくれ」
「いやいや、忘れられんよ。お主が我が魔王城に単身でやってきて、我輩に頭を下げたときの光景が、昨日のことのように思い出される」
「あのときは必死だった。あのままでは人々は苦しみ続けるし、勇者はいつか無茶をしでかしてあなたに殺されただろう。……王には悪いことをしたが、王の愚行を止めるためにもああする他なかった」
「『王を魔王に仕立て上げるから、我輩には今後死ぬまで魔王であることを明かすな』、とはな。元より我輩も、穏やかに暮らせれば良いとは思っていたが、そんな手があるとは……さすが賢者だな。何年も拮抗していた状況を、たった一週間でひっくり返した」
「こちらはいつあなたの機嫌を損ねて消し炭にされるか、気が気じゃなかったがな」
「確かに、お主の頼み事はなかなか無理難題だった。歴代の魔王であれば即座に殺していただろう。魔王が死んだことにせねばらなんということは、城からもむやみに出られぬからな。さすがに退屈だ」
「そのために、こうして時折あなたの元へ話しに来ているんじゃないか。妙な習慣ができてしまったものだ」
「そうだったな。……しかし、お主が死んだあとはどう時間を潰せば良いのだ。我輩より長くは生きまい」
「私に命を与えてくれさえすればいい。あなたの魔力を貰えれば、この身体でもあなたと同じくらいは生きられる。魔王には簡単なことだろう?」
「確かに、そうだな……もしや、それが本来の目的だったのではあるまいな?」
「どうだろうか」
「全く、食えぬ奴だ」
残った魔物を全て閉じ込めた、ということにしてある、魔王城の庭で、賢者は魔王とくだらない会話を楽しむ。
世界は実に、平和だった。
END
魔王は平和主義で無害だったため、魔王討伐へと消し掛ける王が実は魔王だったと、賢者は勇者に吹き込んだ。賢者を信じた勇者は王を魔王だと思って倒し、結果、搾取や徴兵に苦しんでいた人々に平和な生活が訪れたのだった。
総合点:1票 物語:1票
物語部門えねこー☆【
投票一覧】
「合理的なファンタジー。納得しました」
2015年06月07日11時