火事場の馬鹿力

男は舌なめずりをした。

触り心地のよさそうな滑らかな表面、白く細いすっと伸びたまっすぐな脚。

ついに見つけた。

まさに男の理想であった。



男はどうしても欲しいという衝動から逃れることが出来なかった。

夜道、男は足を早めた。

女の後ろにつけた男は ポケットから

ナイフを取りだして、

腕を

降り下ろした。





もう14年も前のことか、男は自室で傍らの脚を眺めながら回想していた。



上手くやったもんだよ。 切断した後運ぶことさえ難しいのに他を埋める余裕まであるとは。 しかし、警察も無能極まりない。 まだ俺を逮捕出来ていない、なんてな。

男は腹を抱えて笑い転げた。



そのときだった。



けたたましいサイレンが鳴り響いた。

『火事です、火事です。火災が発生しました。出火元は20階です。急いで階段で避難して下さい。繰り返しま す…』



至福の時間を邪魔された男であったが、今はそのようなことを気にする暇はないらしかった。 非常事態に我を忘れかけていたのだ。急いで逃げようと玄関まで走った。ドアノブに触れた瞬間、その冷たさに 男は冷静さを取り戻した。





　　　　　　　　　　足





リビングに無造作に置いてある足は確実に男の自由を拘束するものであった。



男は薄々気づいていた。



どれほど保存につとめても腐乱により朽ちていくあの足にあの時の輝きはないことに。 後少しで無罪放免な自身とあの切り落とされた足、どちらをとるべきかということに。



男は弾き出されたかのようにリビングに駆け込んだ。そして急いで押し入れから大きなバッグを取り出した。 そこに足をつめた。





燃やしてしまえばよい。



大きな荷物を抱えた男は玄関から飛び出した。我先にと逃げ出す住人には目もくれず、男は火元である20階を目 指して階段をかけ上がった。無論、足を運ぶため。





暫く時間がたってしまっていたのだろうか。

男が19階に上る頃には火はもうそこまで迫っていた。それでも足を 止めることはしなかった。





はあ、はあ。 男の荒い呼吸が聞こえてくる。

ついにその部屋にたどり着いたようだ。

熱されたドアノブの熱さに耐えつつ、

男はドアを開けた。

そして





新鮮な空気を得た火。





男は業火にみまわれた。





どうやら人間最後に思うことはどうでもいいことらしい。

男は意識の途絶える瞬間、

明日の一面は 『時効直前14年前の猟奇的殺人犯、ついに犯行の「足」がつく』 で決まりだな、と小さく笑った。