しあわせのことば

紅美は婚約者の芳文を親友の夏奈に奪われた。

２人の事を信頼しきっていた紅美は、あまりのショックにうちひしがれた。

夏奈は学生時代からの親友で、紅美の一番の理解者のはずだった。

しかし彼女は紅美の事をずっと疎ましく思っていたのだ。



思えば、夏奈は芳文の事を悪く言い結婚を反対していた。

彼女は善人ぶって紅美を陥れようとしていたに違いない。



許せなかった。

だが２人は紅美の前から姿を消してしまった。

行き場のない怒りと悲しみを持て余した紅美は荒んでいき、

友人とも距離をおくようになった。



しばらくして、紅美は友人の裕司と偶然再会し、食事に誘われた。

紅美はあまり乗り気ではなかったが、懐かしい友人の笑顔にほっとした。



裕司は、疎遠になっていた事を心配して相談に乗ろうとしてくれたが、

共通の友人だった夏奈の事を口にするのは躊躇われた。

そのうち裕司は酔いが回ったのか、学生時代紅美の事が好きだったと漏らした。

紅美は妙に馴れ馴れしく接する裕司に戸惑ったが、彼はじきに酔いつぶれてしまった。



裕司の背もたれにかけた上着がずれ落ちそうだったので、紅美はかけ直そうとした。

しかしその時、何かがポケットから転げ落ちた。

それはシンプルなシルバーの指輪だった。

何気なく内側を見ると〈 Kana to Yuuji 〉と刻まれていた。



まさかと思った紅美は、裕司の携帯を盗み見て２人の結婚式の写真を見つけた。

あれからまだ半年しか経っていないのに、夏奈が別の男と結婚したという事に紅美は驚いた。

きっと夏奈は紅美の幸せを壊す為だけに芳文を奪ったのだ。

それなのに、自分だけ幸せになるなんて許せない。



これは運命に違いないと思った。

彼女に復讐するチャンスがやっと巡ってきたのだ。

写真の中の幸せそうな２人を眺めながら、夏奈の顔が悲しみに歪むのを想像し

紅美はひっそりと笑った。



それ以来、紅美は頻繁に裕司と連絡をとるようになった。

彼は紅美に少なからず好意を持っているようだった。

彼女の思惑通り、２人が親密になるのにそう時間はかからなかった。



紅美は復讐の為だけに裕司に近づいたはずだった。

しかし一緒に過ごすうちに、だんだん彼に惹かれていく自分に困惑した。

夏奈への復讐を果たせる日を心待ちにしていたのに、

彼が紅美との結婚を仄めかす度に罪悪感が増していった。



ある日、紅美はとうとう裕司からプロポーズの言葉を聞く事ができた。

彼女は裕司を愛していたが、彼を騙したまま結婚なんてできなかった。

紅美は思い切って、裕司に全てを打ち明け謝罪した。

しかし彼の反応は紅美の予想とは全く違うものだった。



「俺も紅美に謝らないといけない事がある…」

裕司は紅美の知らない真実を語った。



夏奈と裕司は、芳文が結婚詐欺師と知り紅美の結婚を反対したが、

紅美が別れようとしないので芳文の弱みを握り追い払った。

夏奈は紅美を気遣って詐欺の事を話せずにいた。

しかし、芳文が突然居なくなり塞ぎ込んだ紅美を見かねて、彼女は裕司と共に計画を練った。



それは、まず夏奈が芳文を奪ったふりをして紅美を追い込み、自分を恨むように仕向ける。

そして、裕司と夏奈が結婚していると思い込ませ、紅美に復讐する機会を与え、

利用されているふりをして裕司が紅美を元気づけるというものだった。



「騙していてすまなかった。でも、俺達も紅美に立ち直って欲しくて必死だったんだ」



「…そんな、私…何も知らなかった…。何も知らずに夏奈の事、不幸にしようと…」



紅美はあまりのショックで泣き崩れた。

自分はなんて愚かなんだろう。単純ですぐ騙されて、いつも周りに迷惑ばかりかけて。

その事に気づきもしなかったのは、今まで夏奈が守ってくれていたからに違いない。



夏奈と裕司は、身を削って紅美の為に誠意を尽くしてくれた。

紅美は２人の友情に心から感謝した。







翌日、紅美は夏奈と裕司に今までの事を詫び、感謝の気持ちを伝えた。

以前と全く変わらない夏奈を見て、紅美は全部嘘で良かったと安堵した。



「でもわざと恨まれるなんて危ないじゃない！

私が夏奈を刺したりしたら、どうするつもりだったの？」



「小心者なんだから紅美には無理だって。

私はあんた以上にあんたの事を理解してるもの。

何をどうすれば、紅美がどう行動するかなんて簡単にわかるわ」



「なんか悔しい…」



「２人とも本当に仲良いよな。…俺も悔しい」



「私に嫉妬してどうすんのよ。裕司もちゃんとしといた方がいいんじゃないの？」



「うるさいな！今から言おうと思ってたんだよ」



「はいはい、じゃあ邪魔者は帰るか」



夏奈が帰って裕司と２人になると、紅美は急に気まずさを覚えた。

裕司をチラッと見ると、彼は驚く程真剣な顔をしていた。



「実は…学生の頃、紅美の事が好きだったてのは本当だ」



「え？あれはだって…」



「あれは演技じゃない。ずっとお前が好きだった。紅美、俺と…」

鈍い紅美でも流石にわかった。これは…



「結婚を前提に付き合ってくれ！」



「…え？プロポーズじゃないの？」



「あのなぁ、このままだと俺が弱みにつけ込んだみたいだろ！？

これから俺がお前を幸せにする。で、ちゃんとフェアな状態でプロポーズするから待っとけ！」



「わかった！楽しみにしとく」



夏奈はここまでお見通しだったのだろう。

紅美の運命は、最初から夏奈によって定められていたのかもしれない。

でも紅美を一番理解している親友のお墨付きなのだから、きっと幸せになれるに違いない。

笑いながら、紅美はそんな事を思っていた。











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紅美は親友の夏奈に婚約者を奪われ、彼女を恨んだ。

ある日、友人の裕司と再会して、偶然彼が夏奈の夫だと気付き驚く。

裕司の結婚指輪と2人の結婚式の写真を見てしまったのだ。

これは運命に違いない。紅美は夏奈に復讐するチャンスだと思い笑った。



裕司の浮気相手となった紅美は、ついに裕司にプロポーズさせることに成功した。

しかし紅美は、裕司から衝撃の事実を聞かされる。

紅美の婚約者は実は結婚詐欺師だった。

夏奈と裕司は、紅美を気遣い秘密裏に詐欺師を追い払った。



そして婚約者が急に消えたショックから紅美を立ち直らせるために、

夏奈は自分が婚約者を奪ったふりをして、わざと恨まれるよう振舞った。

その後、裕司が夏奈の夫だと思い込ませて復讐の機会を与え、

以前から紅美を想っていた裕司に近づけ、新たな恋で傷を癒そうとしたのだ。



夏奈と裕司の自分への愛情を知り、紅美はそれに気づかなかった自分の浅はかさを悔いた。

そして自分の行動が全て夏奈に読まれて、上手く誘導されていたのだと知った。

初めから紅美の運命は、夏奈によって定められていたのだ。