【スープの味わい方-質問者用公式議論チャットより】野球の才能

私の名は海野亀夫、１５～６年ほど前は甲子園でちょっと騒がれたスラッガーだった。

大学に進学し、野球部で活躍していた四年生の頃、付き合っていた彼女との間に娘ができ、

結婚後の将来の安定を考えて、プロ選手への道を閉ざし、とある地方銀行に就職した男だ。



娘が中学生になろうとしていたある年、私は地元の草野球チームに誘われた。

１２年間年野球からは遠ざかってはいたが

所詮は草野球、才能が違う。

昔取った杵柄でなんとでもなる、そう思い参加をOKした。



その頃、娘はちょっとした病気で手術を控えており、

ベーブ・ルースよろしく、約束してホームランを打つことで

手術に向かう娘に勇気を持ってもらおうと考えていたのだ。



手術を一週間前に控えた草野球の試合の日、

激務に追われて練習もあまりできなかったが

「おとーさんがホームランを打てたら手術は絶対に大成功だ。だから勇気を出すんだぞ？約束だからな？」

娘にそう言って意気揚々と試合に向かったのだった。



だがブランクは甘くはなかった、

車椅子で観戦していた娘の前で５タコ、ノーヒットに終わってしまったのだ。

娘は

「おとーさんかっこよかったよー」

と慰めてはくれたが、私の心はれなかった。

・・・



コレが一年前の話。

今も私の目の前で娘は自宅のベッドで眠ったままだ・・

いわゆる植物状態というやつなのだろう。

医者が言うには

「手術は完璧でした。おそらくは使用した麻酔とご息女の体質との相性に問題があったのではないかと思われます。

症状が安定はしていますので一旦退院ということに致しますが、

我々も全力を尽くして原因解明をいたしますので、どうか希望は失わないでください」

ということだった。



だが・・どうしても私の頭からはある考えが離れなかった・・

理性ではわかっている。そんなワケがないと・・だが心が納得しないのだ

【ホームランを打てなかったからから、手術が「大成功」にならなかったのではないか】と・・



何が才能が違うだ、なにが所詮草野球だ、

野球を舐めきった結果がコレだ！！

いや・・そもそも私にはソレまでの才能がなかったということだろうか・・？

才能がないのならばやることは一つだ・・



私は、長年務めていた地方銀行の支店長を辞任した。

才能がないならばバットを振り続けるしかない、

いつか、約束のホームランを打つため、特訓をする時間を得るために。



終わり。