悲しみの誕生日

【長い解説　面倒な方は飛ばしましょう】



時は21XX年。

クローン技術が開発され、人を複製できるようになった時代。

「死亡」の概念は、とうに無くなってい、

「誕生」だけがこの世界を支配していた。



しかし、まだ世の中には「死」があふれていた。

凍死。焼死。轢死。水死。爆死。悶死。扼死。窮死。圧死。



「死亡」の概念はなかった。

しかし、「死」の概念は残されていた。

人は死ぬ。しかし、クローンとなり生き返る。

人々は、死ぬことのない「死亡」を繰り返していた。









「おかいもの！おかいもの！ママといっしょにおかいもの！」

「隆、はしゃいじゃダメよ？周りの人に迷惑になるからね。」

「うん、わかった、ママ！」

いいつつも、前に駆け無邪気に飛び跳ねた。

のどかな風景。今も昔も、変わらない光景。



……その光景は、一瞬にして崩れる。



ズギャアッ

　　　　　　　　　メシャアッ



何かが、目の前を通り過ぎた。



息子がいた場所には、車の通り過ぎたあとがあった。







「隆、隆！どこ、どこにいるの！？隆！」

あちこちから悲鳴が聞こえる。





子供が、いた。車の前に。　…と、いうより。











子供だった何かが、そこにあった。











遺体は、原型をとどめていない。





もはやそれが誰か不可能だった。







母は、悲しみに暮れていた。

光は、すでに目の前から消えていた。





少し時がたったあるとき。

医者にこう、告げられた。



「息子さんを、クローンで再生しませんか？」



一筋の光が差し込んだ。



「……息子は、生き返るんですか？」



「……正確には、息子さんと同じ記憶と同じ体を持った、

息子さんでない息子さんが生まれます。

さらに、クローンははっきりとした意思を持ちません。

……それでも、よろしいですか？」



「勿論です。もう一度、この目で隆を見られるのなら！」







そして、再び目にした。



自分の息子ではない、自分の息子を。









それから数ヶ月。



「隆、誕生日おめでとう！」



母は、クラッカーを鳴らした。



自分の息子の誕生日を祝った。



しかし、少しも嬉しくはなかった。



彼も、少しも嬉しくはなかった。



今の自分は、今の息子は、隆ではないのだから。









…この世界から、「死亡」の概念は、とうに無くなっていた。

だが、心の「死亡」は、まだ残されたままであった。









【短い解説】

一つの細胞からでもクローンを製造できるようになった時代。

母は、息子を交通事故で無くした。

医者には、息子のクローンを作ってはどうか、と提案された。

誕生したクローンは同じ記憶と体を持つが、明確な意志はない。

しかし、もう一度息子の姿を見たかった母はやむを得ず承諾をする。

少し経ち、生まれてきたクローンは見た目が息子そのものであった。

自分の息子ともう一度出会えた母は束の間喜んだ。

数ヶ月経ち、息子の誕生日。

母は誕生日プレゼントとケーキを用意したが、彼に明確な意志はない。

それに、息子本人ではなかったことに、悲しみを覚えた。

二人はそれからも、喜びを感じることはなかった。