藁をもすがる思いで

ウミガメーズの二人は今回のライブに出ているお笑い芸人の中で最も芸歴が長く……そして最も売れていないお笑い芸人であった。

ウミガメーズの二人は華も無く、ネタはたしかに面白いがインパクトがあったり印象に残ったりするタイプではない。

お笑い界は実力があっても売れないことは珍しくないとはよく言われるが、ウミガメーズはまさにその代表とも言えた。



ウミガメーズは最も芸歴が長いということもあってライブでは最後の大トリとなっていた。

しかし、それがある種の悪い結果を生んだ。



ウミガメーズの前のお笑い芸人のネタが終わった次の瞬間に、お客さんが次々と帰りだしたのだ。



『今までで名前の売れているお笑い芸人を見ることができたので十分満足だ。』

『名前も知らないお笑い芸人が最後なら見る必要もないだろう。時間の無駄だ。』



今まさに帰るお客さんはそう思っているのであろう。



今や会場は、ついさっきまでいたお客さんの半数がいるかどうかというありさま。

カメオは悲しかった。

そして同時に、今この状況でウミガメーズに出てきてほしくないと願った。



ライブの始めに司会者がはっきりと言っていた。



『皆様ようこそこのライブへ！喜ばしいことに、本日は客席も全て埋まっており……』



そして今、お客さんが帰り始めた時に司会者が言った。



『あっ、お帰りになるお客様はお忘れ物のないように～……』



司会者の台詞から、ウミガメーズは今回のライブでは最初はお客さんが満員であったことを知っている。

そしてたった今、司会者が「初めて」帰るお客さんを気にかけた発言をしたことから、さっきのお笑い芸人のネタの時までお客さんが帰るという状況がなかったということもわかるだろう。



今、この状況でウミガメーズが出てきて客席を見渡したらどう思うだろうか？

ついさっきまで満席だったお客さんが、自分たちのネタをやるとなったら半分程度。

順番的に自分たちが最後ということは……当然、これがどういうことか察するだろう。



二人はショックだろう。

いたたまれない。

二人に傷ついてほしくない！

カメオはどうにかしてネタが中止になり、ウミガメーズの二人がこの状況を知らないままライブが終了することを望んだのだ。

この状況を知る悲しみに比べれば、ネタを披露出来ない悲しみなんて少ないはずだ……。

カメオはそう思っていた。







当然ながらカメオの願いは外れた。

しかし、同時にカメオの予想も外れた。



ウミガメーズはその状況に一切ひるむことなく、全力でネタを披露した。ショックを受けている様子など微塵も感じなかった。



爆笑につぐ爆笑！



さっきまでと比べて観客の絶対数が減っているため一概には言えないが、少なくとも今まで出てきたお笑い芸人に負けずとも劣らない。

もしかしたら、「笑いの大きさ」ではなく、ネタ中に「笑いを取った数」ならそれ以上かもしれない。



カメオを含む最後までいたお客さんたちは、この上なく満足して帰ることができたのだった。



※脚色はありますが、自分が昔に見に行ったお笑いライブでの実体験を少し基にしております。ウミガメーズの元ネタとなった（最高にカッコいい）お笑い芸人は、もちろん存在します。



【簡易解説】ウミガメーズの出番前に多くのお客さんが帰ったため、ウミガメーズに悲しい思いをしてほしくなかったから。