怪我を生む歌。

「上を向ーいて、あーるこーおよ、涙がーこほれーないよーおーに！」

彼の実家に行き、私と彼との結婚について彼の両親と話した帰り道。

私たちの結婚を終始厳しい言葉で辞めさせようとしていた彼の父親は全く話を聞こうとしないし、おまけにその父親は途中で家を飛び出して行っちゃうし、もう悲しい気持ちでいっぱいだった。

思わず泣きそうになった私は、景気づけに「上を向いて歩こう」を歌いながらかえることにした。

歌詞通り上を向いて涙がこぼれないように歩いていた私には、当然周りの声など聴こえず、



マンホールの蓋が取れていることにも気がつかなかった。



「え…きゃっ！」

奈落の底へ落ちる私。ここで私の記憶は一旦途切れる。

目を覚ますと、そこには彼の父親がいた。みると、両腕が不自然な程に腫れ上がっている。

「まさか、私を庇って下さったのですか？配管工の仕事をしているとは彼から聞いてましたけれど…」

「…あんたは、これから息子と結婚するかもしれねぇ人だ。万が一に怪我でもさせたら男の恥だと思ってよ。」

後から聴かされた話だが、彼の父親は交際を認めていたものの、やはり初めは厳しい態度で接するべきだと思ってあのような行動に出ていたらしい。つまり、結婚自体には賛成だったわけだ。

それを聞いた私は彼の父親からの愛をありありと感じ、最早涙を止めることができなくなった。そして私は、『父』の胸の中でわんわん泣いた。





数ヶ月後。

私と彼の結婚式には、彼と私の父の姿があった。



頭にＭの文字の書いてある帽子をかぶった、あの父の姿が。