ある日、亀夫くんはたくさんの人を殺して世界はめちゃくちゃになりました。
兎美ちゃんは世界を救うために自殺しました。
死の間際に兎美ちゃんは言いました。
「死にたくないよ」
次に兎美ちゃんは言いました。
「死ぬのも悪くないね」
兎美ちゃんの命が消えた後、誰もそのことを悲しみませんでした。
なぜ?
【ウミガメ】
十作目です。世界を救う勇者より魔王が好きです。
亀夫君は現実世界で生身の人間を殺しましたか?
Yes!亀夫くんは生きている人間を殺しました。
兎美ちゃんと亀夫くんは人間ですか?
Yes!人間です。
戦争は関係しますか?
No!戦争は関係ありません。
誰もいなくなったので誰も悲しみませんか?
No!確かに人々は存在しています。
じつは、兎美ちゃんと亀夫くんは同一人物ですか?
No!二人は別人です。
死ぬのも悪くないのは、死んだ人たちがあの世で待っているからですか?
No!兎美ちゃんは死後の世界を信じていません。
非現実要素はありますか?
Yes!あります! [良い質問]
ゲームは関係ありますか?
No!ゲームは関係ありません。
比喩表現はありますか?
No!比喩は一切ありません! [良い質問]
亀夫君がたくさんの人を殺したのは、兎美ちゃんが原因ですか?
No!自分のためです。
兎美ちゃんが死ぬことで、世界は救われましたか?
Yes!世界は救われました。
亀夫君は死にますか?
No!亀夫くんは兎美ちゃんがいなくなっても生きています。
兎美ちゃんが死んで世界は平和になりますか?
No!世界は平和にはなりません。ミスリード注意! [良い質問]
クローン人間は出てきますか?
No!登場しません。
現代日本で成立しますか?
YesNo!現代ではどこの国でも成立しません…が…
亀夫くんは意図的にたくさんの人を殺しましたか?
Yes!彼は自分の意思でたくさんの人を殺しました。
兎美の存在ごと抹消されたので誰の記憶にも残りませんか?
Yes!兎美ちゃんの記憶は誰にも残りませんでした! [良い質問]
兎美ちゃんと亀夫くん以外に主要人物は出てきますか?
No!二人だけです。
兎美ちゃんの救う世界は小さなコミュニティでしたか?
No!文字通りにこの世界です。
世界とは世界きらきーさんの苗字ですか?
No!w きらきーちゃんは登場しないのです。
亀夫君は狂ってますか?
Yes!彼は狂気に陥っています。
タイムパラドックスは重要ですか?
Yes!重要です! [良い質問]
亀夫君と兎美ちゃんは親子ですか?
No!親子ではありません。
世界から「兎美」という概念が無くなり、それにまつわる記憶は全て無かったことにされましたか?
Yes!兎美ちゃんという存在が消失しました。 [良い質問]
亀夫は殺人をやめましたか?
Yes?やめた、といえるでしょう。
22より 過去と未来の兎美ちゃんがいますか?
Yes!その通りです! [良い質問]
自殺=自分を殺した(26の意味で) ですか? [編集済]
Yes!自分を殺しました。 [良い質問]
兎美ちゃんが死ぬと亀夫くんはいなかったことになりますか?
No!亀夫くんは存在します。
亀夫君が過去へ渡り人々の存在を『無かったこと』にするのでタイムマシン開発者の兎美ちゃんが自分殺しのパラドックスを起こしますか?
Yes!当たりですよ畜生! [正解]
亀夫くんの誕生には、過去の兎美ちゃんが関係しますか?
No!兎美ちゃんは幼馴染です!
未来の兎美は過去の自分を殺し、自分の存在をなかったコトにしましたか?
Yes!人為的にパラドクスを起こしました! [良い質問]
亀夫君の存在も実はそれほど重要用ではありませんか?
No!彼女が行動を起こす切っ掛けとして重要です。
亀夫くんが凶行に走るのを防ぐために、兎美ちゃんは過去の自分を殺して亀夫くんが誕生しない世界を作ろうとしましたか? [編集済]
No!どの道亀夫くんは存在しています!
21 原因は兎美ですか?
No!兎美ちゃんは関係ありません!
兎美ちゃんは亀夫君の狂うきっかけですか?
No!関係ないのです!
何故亀夫君が人を殺し続けたかは重要ですか?
それ自体は彼なりの正義、といったところでしょうか。重要といえば重要です。
兎美ちゃんがいなくなっても歴史の修正力によって別の人物がタイムマシンを開発しますか?
No!この世界ではそれはありません。タイムマシンはまだ人類に早いと判断されたのでしょう。
亀夫君の目的に兎美ちゃんは関わりませんか?
はい。一切かかわりません。
タイムマシンの生みの親の自分が死ねば結果的にタイムマシンは存在しなくなり亀夫君の犯した罪も死んだ人も『無かったこと』になりますか?
はい。すべて『なかったこと』になります。『僕は悪くない』
兎美ちゃんがいなくなれば亀夫君は目的は果たせませんか?
はい。タイムマシンが作れなくなります。
未来の兎美ちゃんは亀夫君がタイムマシンを奪った後、過去の記録を調べ上げて、それらしい事件の時代に片っ端から行きましたか?
そんな感じですね。あとはまあ、愛とか、そんな感じ。
亀夫君は秘密道具満載の恋愛ロボ『きらきちん』に命じて、軍をねじ伏せ国を動かし世界を滅ぼしますか? [編集済]
ちょっww そのロボ勝てる気がしないww [良い質問]
扉を開いた私を迎えるように、渇いた銃声が部屋に響く。
放たれた鉛玉は一人の少年の眉間を貫き、頭蓋を砕き脳を破壊する。
どさりと、少年の体が倒れ込む。その身体に生命反応はもうない。
また間に合わなかった。
…いや、彼は私が来るのを待っていた。私に見せつけるために。
「こんばんは。兎美ちゃん。今日もまた間に合わなかったね」
「また…また人を殺して…何をしているか分かってるの!?亀夫くん!!」
熱い喉から絞り出し、部屋に残る彼に叫ぶ。
たった今、少年を殺した張本人…銃を手に、優しい笑みを浮かべる彼に。
「酷いなぁ。まるで僕が馬鹿みたいじゃないか。勿論わかっているさ。人助けだよ」
「違う!あなたがしているのは人殺しよ!罪のない人を殺しているだけよ!」
「困ったなぁ。兎美ちゃん。君こそ何を言ってるんだい?」
すると彼は、心底呆れたように溜息をつき、不思議そうに告げる。
「罪ならあるよ。この子はこれから15年後に7人もの命を奪う犯罪者だ。殺しておかないと危ないじゃないか?」
なんの迷いもなく、それが真理と言わんばかりに。
ぞくりと、背筋に冷たいものが走った。
生物の根源的な恐怖が、ひどく気持ちの悪い泥のように私の心に満ちていく。
私は本能的に銃を抜き、亀夫くんにつきつける。しかしその照準は定まらず、カタカタと音を立てて震えてしまう。
「もうこんなことはやめて…お願い、罪を償って…」
「あはははは!罪?なんで?償うべき罪なんて僕にはないよ。そもそも、誰が僕を裁くんだい?」
冗談でも聞いたように、楽しそうに笑う亀夫くん。
彼は躊躇うことなく銃を向ける私に歩み寄ると…その銃口を自分の胸に押し当てる。
「君が裁くのかな?いいよ。撃っても。それが意味のないことは、君が一番よく知ってるだろうし…ねえ、殺せる?」
「……ぅ、い…っ!!」
彼の言葉に猛烈な吐き気に襲われ、その場に膝をつく。
体の中を駆け巡る嫌悪感が暴走し、拒否反応となって胃液と共に逆流してくる。吐瀉物のすえた臭いと血の匂いが混ざりあい、更なる吐き気が誘発される。
「おやおや。いい歳してみっともないなぁ、兎美ちゃんは。まあ、お大事ね。僕は次のお仕事で忙しいから」
「ぁ…あなたは…!」
私に興味をなくしたように立ち去ろうとする彼の背中に投げかける。
「あなたはっ!神にでもなったつもり!?」
彼は何の迷いもなく。
「そうだよ」
答えた。
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私こと兎美と亀夫くんは、幼いころから一緒に過ごした幼馴染だった。
親同士が親しかったこともあって、それこそ物心ついたころから一緒に遊んでいた。
小学校、中学校、高校と当然のように一緒に過ごし、その頃になるとお互いに意識し始め、同じ大学に進学したのを機に交際を始めた。
私たちの専攻は物理学。
いわゆる科学者の卵で、そんな私たちの恋愛は周りから見ると変人の語らいに見えたらしい。でも、その頃が一番幸せだった。
大学院に進学して…あれを創りだしてしまうまでは。
「次元跳躍?」
「そう。いわゆるタイムスリップというやつ」
それはいつものように、二人で研究室で『時間』をテーマに話し合っていた時のこと。
「SFなんかではよく聞くけど、時間を超えるのは科学的には不可能と立証されてるだろう?」
「確かに物理学的にはそうだけど…たとえば、そう。この世界、この星そのものを一個の生命体として仮定してみて。人間が都合の悪い記憶を書き換えるように、世界の記憶に人為的な矛盾を生じさせて、そこを意図的に介入することができれば…」
「歴史の改竄もあり得る、か…科学というより、オカルトの分野だね」
「科学とオカルトの差異なんて微々たるものでしょう?」
「違いないね…でも、歴史を変えれたら…」
「変えれたら…?」
「…いや、何でもない」
思えば、この時にもう少し彼を問い詰めていれば、こんなことにはならなかったのだろう。
しかし当時の私はそんなことに築かず、苦笑する彼と共に研究を始めた。
一見すると馬鹿げた話だろう。しかし可能性があるなら追求せずにはいられないのが科学者という生き物なのだ。
そして厄介なことに…私と彼は、それを成し遂げるだけの才能と、運があった。
研究から8年。2機のタイムマシン――時元改変機は完成した。
そして亀夫くんの裁きが始まった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
犯罪者を、犯罪を犯す前に殺す。
亀夫くんが過去で行なっているこの事実に私が気付いたのは、暫くたってからのことだった。
その経緯は語ると長くなるので省略するが、それに気付いた私はもうひとつの時元改変機を用いて過去の世界に飛んだ。
勿論、彼の凶行を止めるためだ。
時間を超えるなんてことは今の世界では想定されていない。たとえ警察に通報しても何の意味もないだろうし、逆にこの機械の存在は余計な混乱を助長するだけであることは目に見えていたから。
そして私は過去の世界に戻り。
すっかり変わり果てた亀夫くんと再会した。
「亀夫…くん…?」
「やあ兎美ちゃん。君も来てくれたんだね。よかった。人手が欲しいところだったんだ」
そう言って微笑む彼が引きずっていたのは、子供の死体だった。
まだ小学生にも上がっていないだろう幼い子供の死体。彼はそれを心底嬉しそうに放り投げた。
「ああ、これ?この子はね。今から40年後に人を殺すんだ。通り魔でね。かわいそうなことに襲われた家族は一人息子を遺してみんな殺されちゃうんだ。まあ、その一人息子って僕なんだけど。兎美ちゃんも覚えてるよね」
「ぁ…え、ぅ…」
勿論覚えていた。
ずっと幼いころから一緒にいたから覚えていた。
その時の亀夫くんの絶望的な表情も、しばらく話すことも笑うこともできなくなったことも、自暴自棄になって自殺未遂を起こしたことも。
でも、もうそれは振り切ったことだと思っていた。
勝手に、そう思っていた。
「兎美ちゃん。僕はね。あんな理不尽な悲しみをこの世からなくしたいんだ。そのためにはどうしたらいいか考えたんだよ。その答えがこれだよ!悪いことをする奴は、先に全部殺してやればいいんだ。そうしたら世界はずっと平和でいられるんだ!」
「違う…違うよ、亀夫くん…それは、それは違う…」
「違わないよ。だって、こんな力を…時間を超える力を手に入れたんだよ?これは神様が僕に与えた使命なんだよ」
亀夫くんが、笑っています。
私の知らない笑顔で、嗤っています。
「ああ、でもそういう意味なら、兎美ちゃんは天使みたいなものだよね」
「ぇ…どう、いう…」
「だって、この力は兎美ちゃんが僕に言ってくれなければ完成しなかったんだもの。ああ、じゃあこいつを殺せたのも兎美ちゃんのおかげだね!ありがとう、兎美ちゃん」
そんな。
そんなことを。
彼は。
殺せたのは。
私の。
私のせいで。
「あ…ああぁああああああああああああああ!!!」
頭の中が真っ白になりました。
気付いた時には私は、亀夫くんの体を何度も何度もナイフで刺し貫いていました。
彼の顔は命が抜け落ちてなお笑顔のままで…それがうすら寒く、私は感じました。
でもそれ以上に。
「ぇ…ぁ…わ、私…殺し…亀夫くんを…」
カランと、手からナイフが零れ落ちます。
真っ赤に染まった自分の手が映り、否が応でもそれが現実だと感じさせられます。
視界が、頭の中まで真っ赤に変わります。
でも、そんな私を嘲笑うように声が響きます。
「あーあ。そんなにめちゃくちゃにしちゃって。可哀そうな僕」
亀夫くんが、亀夫くんの死体に跨る私を見降ろしていました。
「ぁ…え。え?な…なん、で…?」
「驚くようなことじゃないよ。だってその僕は僕と同じで、この世界線の人間じゃない…オリジナルさえ無事なら、他の未来から来れるに決まってるじゃない」
そう言って、歌うように手を広げて。
「もっとも、君がまだ過去に飛ぶ前のオリジナルの僕を殺せば話は別だけどね?その場合は僕が殺した皆もなかったことになっちゃうのかな?あはは!でも兎美ちゃんはそんなこと出来ないもんね。僕の好きな兎美ちゃんは!」
子供のような笑顔で、嗤う。
ガチガチと歯が鳴る音が煩い。私の歯だ。でも止まらない。止められない。
肉を刺した感触が残っている。内臓の潰れる感覚が伝わっている。熱い血の匂いが染みついている。
腕が上がらない。殺そうにも体が言うことを効かない。
「なんで…なんで…こんなことに…」
「なんで?君のおかげなのに、変なこと言うんだね。まあいいや。僕はまた殺しに行かなきゃいけないから…じゃあ。またね。兎美ちゃん」
そして。
彼を止めるための、時を超えた追跡が始まった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…………」
3678。
私が今まで越えた時間の回数。
そして今まで私が救えなかった命の数。
これだけの数を繰り返して、これだけの数を犠牲にして、私は彼を止められないでいた。
彼はあらゆる面で私より上手だった。
私の行動を読み、時には誘導し、時には罠にはめ、必要なら自分の命も平気で捨ててくる。
それは自爆テロと変わらない自己を省みない殺戮の塊。
私にはもう、彼を止める手段が分からないでいた。
彼を殺しても、また別の時間軸の彼が殺戮を繰り返す。
彼を殺すには、その時間軸に生きるオリジナルの彼を殺さないといけない。
私には彼を殺せない。
完全に積んでいました。
もう私自信が心を壊してオリジナルの彼を殺すくらいしか手が浮かびませんが、それだと私がちゃんと殺してくれる保証がありません。
こんな時でも推測で動けない理系の自分が嫌になります。
しかし、私の精神力ももう限界に達していました。
なんとしても彼が時を超える前に殺さないといけない。
時を超える前に……
「…時を…超える…?」
その時。
私の脳裏にひとつの仮説がひらめきました。
それは酷く曖昧で、同時に危険を孕んだものでしたが。
「…そうだ。今の私にできることは…これしかない」
私は屍のような体を引きずり、最後の時間跳躍を行ないます。
目指す先は……
大学生の、私がいる街。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナイフをずぶりと女の胸元に抉りこむ。
指先に、肉を裂く感触が伝わってきます。
心臓の鼓動に合わせて盛大に傷口から血が吹き出す。
目の前には何が起きたのか理解できない、茫然とした女――大学生の私の姿。
「ぇ…あ、え…なに…これ…」
「ごめんね」
私の口から、ごぼりと血の塊が零れる。
足から力が抜け、地面に倒れ込むと血だまりが辺り一面に広がっていく。
どうみても助からない致命傷。
止めとばかりに私はナイフを抜くと、噴水みたいな赤が周囲を満たす。
その頃になってようやく周囲の人たちはこれが現実だと気付いたのか、一斉に叫び声があがった。
「ぁ…なん…で……ゃ…いたい…よぉ……」
「…ごめんね」
もう一度、意味のない謝罪を告げる。
私はきっと、いま文字通りに死ぬほどの苦しみを味わっているんだろう。
心臓が裂け、肺に穴があき、血が流れ込んで呼吸もままならない。
ずきりと、胸が痛む。でもこれは過去の自分の古傷なんかじゃない。その証拠に私の胸にはなんの傷も浮かんでいない。
逆にいえば、それはこの子がここで絶対に助からないということ。
「――兎美ちゃん!?」
その時、人込みをかき分けてくる人影が見えた。
その姿に私は思わず目を見開く。
それは私が時を超えながらずっと探していた、かつての亀夫くんだった。
ああ、そうか。この頃の私たちは…ちょうど付き合い始めた頃だったんだ。
「兎美ちゃん!しっかり…酷い怪我だ…すぐに救急車を呼ぶから!」
「ゃ…亀夫、くん…私…しぬ、の…?」
「喋らないで!大丈夫だから…きっと助かるから…!」
「…ゃだ、よぉ…まだ…やりたいこと、いっぱいあるの…に…」
「兎美ちゃん…!お願いだから喋らないで…!」
「死にたく……ない……ょ……」
「兎美――――」
私の手が、亀夫くんの手から滑り落ちる。
それは私の命の終わりを意味していて、同時に私の終わりの始まりだった。
――ぐにゃりと、ノイズが走ったように世界がひび割れるのを感じた。
それはまるで絵画が崩れるように、ガラガラとひび割れを増していき、そこから黒い靄のような何かが溢れだしてきた。
それは空をあっという間に覆い尽くすと、黒い雨のように大地に降り注ぎ、世界を溶かし始める。
周りの人たちを眺める。彼らは死体となった私に驚愕するばかりで、世界の変容には見向きもしない…やはりこれは世界が壊れているのではなく、私が壊れているのだろう。
タイムパラドクス――SFでお馴染みの、時間を超えることで発生する矛盾。
これはそれを犯した私に対する世界の処置。
かつて私のたてた仮説では、世界はひとつの意思をもつ巨大な生命体であり、歴史とはすなわちその世界の記憶している思い出だった。
では人間なら、自分の記憶の中で都合の悪い矛盾が発生したらどうするか。
答えは簡単。自分の都合のよいように書き換える。
しかし、今やこの世界において、私の存在は決して書き変えられない究極の矛盾となり、世界自体を脅かし始めた。
私が死んでは、タイムマシンは完成しない。
タイムマシンが完成しなければ、私が過去に戻り私を殺すこともない。
その場合は私は生存し、タイムマシンが完成する。
完成したタイムマシンを使って、私が私を殺しに来る。
どう頑張っても解消出来ないジレンマ。
そんなとき、次に人は記憶をどうするか。
そう。忘れるのだ。
全部全部なかったことにして、真っ黒に塗りつぶして、黒歴史にして、蓋をする。
それが記憶の防衛機能。
いままさに、世界のそれが私に作用している。
私に関するあらゆる記録を世界から抹消するために。
黒い靄が私にまとわりつく。
ねっとりとした感触。同時に、私の中から何かが失われる感覚。
ああ、これが死すらも超えた『消滅』の感覚なんだ。
恐怖よりも先に感じたのは安堵だった。
これでやっと終われる…亀夫くんも、これで罪を犯さなくて済む。
そしてゆっくりと瞳を閉じて――。
頬に熱い衝撃を受けて、ひっくり返った。
「お前が…お前が兎美を殺したのか…!」
衝撃の正体は亀夫くんの拳だった。
あろうことか普段から大人しい彼は、私に馬乗りになって胸倉をつかみ上げていた。
「――そうよ」
どうして彼の言葉に答えたのか。
もしかしたらずっとまともに話せなかったかれと、もう一度だけでも言葉を交わしたかったのかもしれない。
彼は私に気付いていないようだった。
無理もない。いまの私は彼にとっては10年以上後の存在。判別をつけるのは難しいだろう。
彼の拳が再度私の頬を打った。
痛覚はもう消されてしまったのか、あまり痛みは感じなかった。
「なんで…なんでだよ!兎美が何をしたっていうんだ!」
「……これからするのよ。彼女はこれから、世界を危機に陥れる」
口から出たのは、いつも亀夫くんが言っていた台詞。
犯罪者を事前に殺す、彼の正義の常套句。
今になって私が口にするなんて、皮肉以外の何でもない。
「ふざけんな!そんな…そんなくだらない妄想で兎美を…兎美を…!」
「あなたは…その子が死んで悲しいの?」
「当り前だろうが!!」
拳が頬を捉える。痛みはない。
亀夫くんの顔は涙でぼろぼろになっていた。叫び声は嗚咽交じりで、握りしめた拳からは痛々しく血がにじんでいる。
そして苦しげに、喉から絞り出すように。
「ずっと、ずっと好きだったんだ!愛してたんだ!悲しくないわけないだろうがっ!!」
――叫んだ。
心の底から。
魂の底から。
消えかけた私の胸に、熱い火が僅かにともるのを感じた。
「……なんだよお前」
「え…?」
「お前…なんで兎美を殺して…泣いてるんだよ…!」
「ぇ…あれ…?」
言われて触れてみた私の頬には、確かに熱い涙が流れていた。
痛みも感じないのに。
恐怖も感じないのに。
とめどなく涙があふれていた。
「…ぁ…そっか…」
私はずっと忘れていたんだ。
長い永い時間の中で、忘れていたんだ。
いつの間にか殺すとか殺されるとか、止めるとか止めないとか、そんなことで一杯で。
本当は何を望んでいたのかも思い出せなくなっていたんだ。
私はただ昔みたいに。
愛しているって言われたくて。
そして今はすれ違ってしまったけど。
確かに愛されていたんだ。
「――馬鹿だなぁ。私」
空が落ちてくる。真っ黒になった世界を押し潰すように。
もうどこから空でどこから大地かも分からない。
ただ、亀夫くんだけがはっきりと見える。
私は最後に、彼にそっと微笑んだ。
どうせ忘れてしまうだろうけど、最後は綺麗な顔でいたいから。
「さようなら。亀夫くん」
辛いことがいっぱいあって。悲しいこともいっぱいあって。
でも最後に、少し幸せなこともあって。
こんな気持ちなら――。
「――死ぬのも悪くないね」
そして私は。
世界から消えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……あれ?」
大学の構内で、亀夫はふと我に返った。
どうやら立ったままぼーっとしていたらしい。なんだか頭がふらふらする。
「何してたんだっけ……あっ、もう時間が!」
時計を確認すると、もう次の講義まで数分しかない。
亀夫は鞄を担ぎ直すと、急ぎ足で教室へと向かう。
時計の針が進む。
時間通りに、講義開始のベルが鳴る。
世界は今日も、変わることなく進んでいく。
「Goodスープ認定」はスープ全体の質の評価として良いものだった場合に押してください。(進行は評価に含まれません)
ブックマークシステムと基本構造は同じですが、ブックマークは「基準が自由」なのに対しGoodは「基準が決められている」と認識してください。