置いてきたはずのジレンマ

駆け出しの野球選手、長島優希が入団記者会見を受けている。

優希は優しさ、希望を兼ね備えてほしい。という気持ちを込めて名付けた。

そんな笑顔と言葉を反芻した、彼からして『赤の他人』の男はソファに座っていた。



長島は、野球選手になった動機を聞かれて、マイクに叫んだ。

｢離散した、家族に、会いたかったからです!!｣



その一場面を見届けたのかのように電話が鳴った。

それは男の娘で、男は堅実を娘に厳しい言葉で勧めて家を飛び出されていた。

｢ねえ、お父さん。野球が好きなお父さんにニュース。自社のCMで長島選手とCMに出まーす。これで少しは私を認めてくれる?｣



男は自らの唾を飲む音に緊張を覚えていた。

｢・・・す、好きにしろ。｣

そして、電話は切ない機械音を繰り返しだした。



電話口で女は、ぶすっとした顔で、これでも駄目なんだ、とこぼした。

打ち合わせが始まって、長島はにこやかに女に話していた。順調だった。が、

野暮用で携帯を取り出した女を長島は怪訝な顔で見つめていた。

「それって、これと同じに見えるのですが・・」

長島はポーチから手縫いの野球ボールのストラップを出した。



女は父の番号をプッシュしていた。

「ねぇ、お父さん。長島さんがね。手縫いのフェルトの野球ボールの“半分„を持ってたの。施設に置き去られた時に持たされてたんだって。」

「昔、私ね。離婚したお母さんから言われて秘密にしてたんだけど、フェルトの野球ボールの“半分„を渡されて、持ってるの。」

「もしかするとさ、私って、長島さんの言う離散した家族だったりする?」

「ぐ、偶然だ。偶然だから!!」

「そうなんでしょ?」

「も、もう、顔が、顔が立たないんだよ!こんないらない苦労をさせて、どう謝ればいいのか!｣

｢授かった命を置き去りにして、随分差別もされただろう!!悩んだろう!!俺はひどい親なんだ!!あっちだって、心のどこかでは憎しんで、呪って、怨んだ事だろう!俺は会えない!｣

｢違う!!お父さんがひどい親だとしても、長島さんは会いたいと世界に主張した!!負い目を感じていたとしても長島さんは誇りに思っているはず!!｣

｢もう、やめてくれ!｣



と、叫び終わる前にこの意気地なし、と怒号が鳴って、受話器の叩きつけられる音が鳴った。