人生の勝者

　男は自分を高めることを目標に生きてきた。良い教育を受け、良い企業に勤め、身だしなみも良い感じにし、良い車に乗った。



　ある日、食事を取っていた彼は突然奥歯に痛みを感じた。不安を感じた彼は歯医者へ行くことにした。

今まで品行方正を心がけてきた彼は病気一つしたことが無く、病院というものへ行くのは初めてだった。長い待ち時間にひとしきり苛立った頃、やっと診察へ出てきたのは女医だった。とびきりの美人という訳ではなかったが、日常の生活であまり女性と接することのなかった彼は一発で恋に落ちた。すっかりデレデレとなった彼はされるがままに椅子に座らされ、無防備に仰向けになった。だらしなく口を開け、彼女がドリルで歯を削るその痛みに酔いしれた。腑抜けとなった男に彼女は言った。

　「今回は症状が軽かったのでこれで治りました。でもちゃんとした磨き方をしないとまた治療が必要になりますよ。」

　彼ははっとした。（もう終わり？せっかく会ったのに？これからなのに？ ……今まで恋というものをしてこなかった、これからは恋に生きる。そのために俺は今日から歯を磨かない。彼女にもっと治療をしてもらうんだ！）



恋に目覚めた男の歯はまだ白く輝いていた。