グラスを捨てる時

グラスに入れると二度と取り出せない物ってなに？



答えはヒビだ。

一度入ると、二度と取り返しがつかない。



このグラスは3年前に買った物だ。

ガラス工房で作ってもらったオリジナルで、二人の名前が刻まれている。

その一つは僕の名前で、もう一つは大好きな、いや好きだった彼女の名前。



彼女は一年ほど前この部屋を去ってしまった。

二人の思い出の品は全て焼いてしまった。

思い出すと辛いから。



でも、それでも捨てきれなかったのがこのグラス。

どんなに辛くても、どんなに悲しくても、全てを捨て去ることなんてできなかった。



つまりこれが彼女との最後のつながり。

僕は心の何処かで願っていたのだろう。

彼女が僕の元へ帰ってくることを。



でもこの一年間、色んな出会いをし、色んな想いを抱いた。

新しい恋もした。

彼女が隣にいた日々より、隣にいない日々が心の中に占めはじめた。



明日からこの家に、新しい恋人が住みはじめる。

だから今日、このグラスとお別れするつもりだった。



でも取り出そうとした時、何故だか分からないが突然ヒビが入った。

もう二度と元の綺麗なグラスには戻らない。

二度と使うことなんて出来ない。



二人で過ごした日々は、新しいヒビが入って、ただ消え去っていく。



僕はただ笑顔で、ヒビ割れたグラスをゴミ袋に捨てた。