強欲な男

「車が欲しいの」



　彼女は開口一番にそう言った。太郎は持ち上げたティーカップを宙で止めたまま、ぽっかりと口を開けている。



「車が欲しいの、イチゴみたいに赤いやつが」



　昨日、彼女はお金がないとボヤいていた。ファーストフード店での出来事だった。その時は太郎が彼女のぶんまで払ったのだが。そんな彼女のこの言葉には、太郎も耳を疑わざるを得なかった。



「……えっと、きみ金欠なんだよね？」

「ええそうよ。スッカラカンのカン。今月生き延びれるかすら怪しいわ」

「今なんて言ったの？」

「車が欲しいって言ったの」

「……」

「…………？」



　キラキラと輝いた目に見つめられて、太郎は重いため息を一つ。ボサボサの頭をかきむしって、思考の末にでたとんでもない可能性を口にした。



「つまり、僕に払えと」

「あら、察しがいいわね。そう言うの、嫌いじゃないよ」



　ニッコリ微笑んだ彼女は、太郎の方を見て黙った。太郎はそれをしばらく見つめたのち、重い腰をヨッコラセとあげた。



「……帰るよ」

「太郎、また明日ね」



　彼女と別れた帰り道。茜色の空を見上げて、太郎は呟いた。



「俺の車を売って、貯金を合わせてギリギリか」



　太郎は彼女が好きだ。どうしようもないくらいに。そんな彼女のお願いなのだ。聞いてやらなくて、叶えてやらなくて、どうする。こうして翌日、太郎は長年連れ添った愛車を売りに出したのだった。



要約

彼女の車を買おうと決めた太郎が、お金調達のために自分の愛車を売りに出したということ。