気づくのは、いつも後から

火事が起こったのは、近所の古いデパートだった







いつも口喧嘩の絶えない娘との、久しぶりのお出かけ



まあ、妻に用事があったので、娘にとっては仕方なく...という感じだが、私にとっては、久しぶりに楽しい時間になるはずだった





火事が起きたとき、私と娘は衣料品売り場にいた



燃えるものが多いせいか、火の回りは早かった



逃げ遅れた私と娘は、防火扉の影に隠れた





「お父さん...苦しい」



お父さんと呼ばれたのは、どれくらいぶりだろうか



そんな事を思いながら、今はそんなことを思う余裕はないと、はたと気づいた





息苦しさの原因は、ガスか、酸素が不足か...



どっちみちこのままでは危険な状態だった





苦しそうにしていた娘は、意識が朦朧としている



急いで近くを探すと、燃え残った酸素マスクが１つだけ使えるようだった





私は迷うことなく、娘の口元にそれを押し当てた



酸素を取り込んだお陰か、娘は意識を取り戻した



バタバタと暴れるが、口元からマスクが外れないようにしっかりと覆った





(お父さんも、空気すわなきゃ...！駄目！お父さん死んじゃう！)



モゴモゴと、マスク越しに娘の声が聞こえる





いいんだ、君さえ助かれば



いい父親ではなかったけど、最後くらいカッコつけさせてくれ





腕の中で娘の力が弱くなった

どうやらまた意識を失ったようだ



遠くなる意識の中で、

ぎゅっと、娘をきつく抱き締めた　







.........

...



サイレンの音が聞こえる



目を覚ますと、救急車の中だった



からだのあちこちが痛い





近くにいた警察に訪ねた



「お父さんは？私のそばに、お父さんがいませんでしたか？」





ーお父さんは、今、警察に運ばれました





それを聞いたとたん、私の頬を、涙が伝った





ここでもなく、病院でもない...



父は、遺体となって警察に運ばれたのだ





警察の女の人は続けた



ーお父さん、あなたをぎゅっと抱き締めてたから、あなたは大きな怪我もなく助けることが出来たわ







私は、自分の体を抱き締めた

頬を涙が伝う



「...お父さんの、...ばか」







【FA】



ひとつしかないガスマスク

男は女に無理やり使わせたので、女は生き延びた



目を覚ました女は、男が警察に運ばれたと聞き、男の死を悟り、悲しんだ