小銭

無人島に流れついてしまった男。

　奇跡的にマッチは一本だけ濡れずにすんでいた。

　とりあえず暖をとってびしょ濡れの体を乾かさないと凍死してしまう。

　だが、男は気づく。

　周りに木はない。草もない。燃やせるものが無いのだ。

　ならば、と財布を探ったが、小銭しかない。紙幣がなく、火種として使えるものがない。着ている服も海水で濡れてしまっている。





　では、もう燃やせるものは……。

　男は自分の腕を、皮膚を見た。





　自分の皮膚をよく拭って水気を取り、歯を立ててべりべりと食いちぎる。

　男を灼熱の痛みが刺すように襲い、腕からは濁流のようにどろどろと血が溢れる。赤く紅く朱い傷口が目に入り、男は若干の吐き気を覚えた。だが、こんな腕は止血すればどうにかなる。凍死よりは千倍マシだ。





　そのまま、何枚か皮膚をはぎ取った男は、マッチで火をつけた。続けて服を切り破いて縄を作り、腕を止血。





「……ふう」





　一応の暖をとることはできた。





　しかし、これもジリ貧だ。凍死は免れたものの、やがて火が消えれば終わり。腕の傷口から菌が入っても終わり。食料も水もない。

スマホは海水で壊れた。助けも呼べない。遅かれ早かれ死ぬのか、と男は思った。





　その、刹那。





「あーあー。超痛そー」

　彼の耳に、知り合いの声が飛んだ。





「……女」





　知り合いの女が、小船に乗ってこっちに来ていた。





「よー男。助けに来てやったよ感謝しな。ま、あんたが起こした火が見えなかったらこんな小さな島に寄ることもなかったわけだけど。相変わらずラッキーだねー」





「……そうだな」





　助かった、と男は安堵と喜びの溜息を吐いた。