名前を失った鳥たち
私はL国の秘境に住むある部族について実地調査を行った。
道を歩いていた部族の老人(仮にモハメドとする)に声をかけ、鳥を指差し、彼らの言語であれは何かと問いかけると、彼は「ワッチェ」と答えた。
別の鳥を指差すと、「ホガッチェ」「ゴゴクジュッチェ」などと次々に答えてくれた。
同じ質問を他の人にもしてみると、皆ほとんどの鳥に関し口を揃えて「ンゴヤギギ」と答えた。
「ンゴヤギギ」という単語は、これまでに判明している彼らの言語の中には存在しない単語だった。
「わからない」という意味ではないらしい。
その後の調査によって、私は「ンゴヤギギ」が何を指しているのかを知った。
それはいったい何だろうか。カタカナ4文字で答えよ。
道を歩いていた部族の老人(仮にモハメドとする)に声をかけ、鳥を指差し、彼らの言語であれは何かと問いかけると、彼は「ワッチェ」と答えた。
別の鳥を指差すと、「ホガッチェ」「ゴゴクジュッチェ」などと次々に答えてくれた。
同じ質問を他の人にもしてみると、皆ほとんどの鳥に関し口を揃えて「ンゴヤギギ」と答えた。
「ンゴヤギギ」という単語は、これまでに判明している彼らの言語の中には存在しない単語だった。
「わからない」という意味ではないらしい。
その後の調査によって、私は「ンゴヤギギ」が何を指しているのかを知った。
それはいったい何だろうか。カタカナ4文字で答えよ。
過去の実際のやりとりです。質問されたら参考に答えてください。
はい
モハメドの答えた「ワッチェ」「ホガッチェ」「ゴゴクジュッチェ」は鳥の種類をあらわしていますか?
YES!
?
「これまでに判明している~」ということはこれから「ンゴヤギギ」が新たに追加されることはありますか?(「私」が「ンゴヤギギ」の意味を理解したので)
当問題の設定としてはNOですが、磁石を指して訊いても「ンゴヤギギ」と返ってくるような状況を設定することは(容易に)できます。
はい
「ンゴヤギギ」は名詞ですか?
YES!
はい
他の人が示された鳥は生きた鳥でしたか?
YES! モハメドとその他の人とで、質問の状況は変わりません。
はい
モハメドが老人であることは重要ですか?
YES! ですが彼が老人であることに関しては深く考えなくていいと思います。
いいえ
「ワッチェ」「ホガッチェ」「ゴゴクジュッチェ」と『ンゴヤギギ』の間に包含関係はありますか?
NO!
はい
「ンゴヤギギ」は人名ですか?
YES!
はい
★
核心「ンゴヤギギ」はモハメドですか?
YES! 正解です。
答え
その後の彼らとの交流により、私が最初に声をかけた老人(仮にモハメドとしていた)が、他の皆から「ンゴヤギギ」と呼ばれていることがわかった。
どうやら「ンゴヤギギ」とは、その老人の名前のようである。
ンゴヤギギ以外の人々はこう言っていたのである。
「(鳥の名前なら)ンゴヤギギ(に訊いてくれ)」
と。
鳥の名前を正確に知っていたのは、ンゴヤギギだけだったようだ。
私は彼らと5年間にわたり定期的に交流を続けた。
その間にンゴヤギギは衰弱し、家にこもりきりになった。
若者たちはわからないことがあるとンゴヤギギのもとへ行き、質問した。
ンゴヤギギはいつも温かい笑顔でそれに応じていた。
そして2年前、他界した。
最後の瞬間まで、彼はかすれる声で周りの若者に何かを伝えようとしていた。
文字を持たない彼らにとって、生き字引である老人の価値は偉大である。
男は食料を持ち帰り、女は子を育てる。老人はほとんど動けないが、様々な知識で皆を助ける。
互いの価値を痛感し合わなければ、この厳しい自然を生き抜いてくることはできなかったのであろう。
対して我々は文字を持ち、飽和するほどの伝達手段を持っている。
しかしそれと引き換えに、何か大切なものを見過ごしてしまっているのではないだろうか。
鳥の名前を尋ねる若者たちの目や、それを教えるンゴヤギギのゆったりとした口の動きなどを見て、私はそんなことを感じずにいられなかった。
彼らは今でも、見知らぬ鳥の名前を訊かれれば「ンゴヤギギ」と答える。
それらの鳥に、新しい名前を付けることなど決してしない。
言語による表現の幅をほとんど持たない彼らは、失ったものの大きさよって、大切なものの存在を保存しているのである。
ンゴヤギギが死に、永遠に名前を失った鳥たち。
膨大な鳥たちの中の一角を占めるその大きな空虚は、紛れもなく、彼らが慈しんだ、ンゴヤギギその人の形をしている。
【答え】
「ンゴヤギギ」=「モハメド(と仮に呼んだ老人)」
どうやら「ンゴヤギギ」とは、その老人の名前のようである。
ンゴヤギギ以外の人々はこう言っていたのである。
「(鳥の名前なら)ンゴヤギギ(に訊いてくれ)」
と。
鳥の名前を正確に知っていたのは、ンゴヤギギだけだったようだ。
私は彼らと5年間にわたり定期的に交流を続けた。
その間にンゴヤギギは衰弱し、家にこもりきりになった。
若者たちはわからないことがあるとンゴヤギギのもとへ行き、質問した。
ンゴヤギギはいつも温かい笑顔でそれに応じていた。
そして2年前、他界した。
最後の瞬間まで、彼はかすれる声で周りの若者に何かを伝えようとしていた。
文字を持たない彼らにとって、生き字引である老人の価値は偉大である。
男は食料を持ち帰り、女は子を育てる。老人はほとんど動けないが、様々な知識で皆を助ける。
互いの価値を痛感し合わなければ、この厳しい自然を生き抜いてくることはできなかったのであろう。
対して我々は文字を持ち、飽和するほどの伝達手段を持っている。
しかしそれと引き換えに、何か大切なものを見過ごしてしまっているのではないだろうか。
鳥の名前を尋ねる若者たちの目や、それを教えるンゴヤギギのゆったりとした口の動きなどを見て、私はそんなことを感じずにいられなかった。
彼らは今でも、見知らぬ鳥の名前を訊かれれば「ンゴヤギギ」と答える。
それらの鳥に、新しい名前を付けることなど決してしない。
言語による表現の幅をほとんど持たない彼らは、失ったものの大きさよって、大切なものの存在を保存しているのである。
ンゴヤギギが死に、永遠に名前を失った鳥たち。
膨大な鳥たちの中の一角を占めるその大きな空虚は、紛れもなく、彼らが慈しんだ、ンゴヤギギその人の形をしている。
【答え】
「ンゴヤギギ」=「モハメド(と仮に呼んだ老人)」
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