減ってったプレゼント
プレゼントと言ってもお金が掛かったりするものではなく、
毎年花で出来た手作りの首飾り等を頂いていたのだが、私はとても嬉しかった。
貰い始めた頃は、多い時には20個を超える時もあったのだが、
最近はプレゼントの数も減っていき、とうとう1,2個ぐらいしか貰えなくなった。
恐らく、来年はもう貰えることは無いだろうと悟った私は涙を流した。
確かに「寂しくなった」から泣いたというのもある。
だが、寂しさよりも「嬉しかった」気持ちの方が強かったという。
どういうことだろう?
過去の実際のやりとりです。質問されたら参考に答えてください。
プレゼントをくれたのは子供ですか?
YesNo!
誕生日ますか?
NO!誕生日ではありません!
プレゼントをくれる人の年齢は一定ですか?
No!バラけていますが、極端に離れているわけでもありません。
毎年、ハワイに行ってますか?メンソーレ
No。 「メンソーレ」って沖縄やんww でも・・・。
プレゼントの数が減ったのは、プレゼントを贈る人が減ったからですか?
YesNo
プレゼントが貝殻のブローチなどでは成立しませんか?
No。成立します。プレゼントの種類は特に問わないです。
クリスマスますか?
今はNoとだけ・・・。スミマセン!
1より 子供の妻がプレゼントしてくれましたか?
No!
プレゼントをくれる人の人数が減っているのですか?
Yes。ですが死別とかではありません。
プレゼントが、おっとっとでも成り立ちますか?
これは流石にNoかなぁ。(´~`)モグモグ
というかそもそもプレゼントを贈る人は複数人いましたか??
Yes!複数人居ます!
私は死んでいますか?
No。生きています。
プレゼントをくれる人と主人公の関係が重要ですか?
Yes!くれる人「達」と主人公の関係は重要です。
多い時と現在を比べた時、私に歳以外の重要な変化はありましたか?
Noです。
プレゼントを贈る立場の人が減ったことが私は嬉しいのですか?
Yesです!
あ、そか!過疎化ますか?
No!かそかません
私の職業や社会的立場は重要ですか?
一応Yesです。元国際ボランティアの一員でした(という設定です)
5より 死別ではないと言うことは、贈るのをやめたのですか?
Yes。贈ろうと思えば贈れますが、その辺りは考慮していませんゴメンナサイ。
プレゼントを渡す人達、引っ越ししますか?
Yesとも言えますね!引っ越しでも成り立ちます!
プレゼントを贈る人たちにとって、私は(元)先生や指導者のような立場でしたか?
ほぼYES!でも指導をするだけでなく・・・。
もらい始めてから問題文の時点までに20年以上経過していますか?
Yes!!!!
首飾りに何の花が使われていたかは、重要ですか?
No。重要ではありません。
母の日ですか?
No!母の日やクリスマスと言った公式の記念日ではありません!
1のyesno!は「未成年だけど息子or娘ではない」の意味ですか?
Yeees!!
プレゼンをくれないということは、彼らが元気にしているということを意味しましたか?
Noです。
プレゼントを受け取ったら何らかのお返しをしていましたか?
YesNo。関係ありません。
プレゼントを贈っていた人たちは、私ではない人にプレゼントを贈るようになりましたか?
No!プレゼントは私(と、物語に出ていない私の妻)にしか贈っていません!
舞台は南アフリカなど発展途上国でしたか?
YesNo!ですが発展途上国の方が正解に導きやすいハズ・・・!
1より 私の養子、里子からのプレゼントですか?
Yeees! 解説では引き取った孤児からのプレゼントという設定です。
私は病院にいますか?
Noです!
プレゼントをくれた人たちは、別の里親を見つけ、その親たちにプレゼントを贈るようになったのですか?
No!「プレゼントをくれた人たちはそのまま自立した」という設定です。
プレゼントをもらう日の特定(○○記念日など)は重要ですか?
Yes!重要です!
プレゼントを贈らなくなったということは、彼らが立派な大人になったことを意味していますか?
Yes!!
孤児達はみんな母国に帰ったのでプレゼントが贈れませんか?
No!
孤児達が他の家に嫁いでいったりして私の元に残る人が少なくなりましたか?
Yesです!
核心大切にしていた孤児たちがそれぞれ独立していくのを少し寂しく思いながら嬉しく思っているということですか?
ほぼ正解です!ただ、嬉しく思っている理由だけ違うのです!
32より 特定の日とは、私の誕生日等ではなく、一般に知られた日ですか?
Noです!私たちが建てた孤児院の設立記念日です!
やっと大変で金もかかる孤児院を廃業できる。嬉しい! とかいう現実的な喜びですか?
Noです!
28より、独立記念日ですか?
No!37より孤児院の設立記念日です!
もらえなくなると思っていたら、独立した後もプレゼントを贈り続ける律儀な元孤児がいたことに感動したのですか?
Noですが、居たと思います。でも多分皆記念日関係なく贈っているかもしれませんね。
核心その土地が平和になり、孤児が少なくなったことで喜びますか?
Yes!正解です!
孤児がお金儲けをして、孤児院に寄付してくれるようになったので、私は指に大きなダイヤの指輪をはめますか?
贅沢な衣装で葉巻を加えてダイヤを見せびらかし・・・、 ってNoだよwww
核心孤児がいなくなる(予定)ことを機に、孤児が減ったことを再認識したのですか?
Yes!孤児が減ったことを再認識し、嬉し泣きしました!解説行きます!
答え
当時は内戦等が激しくて、私達は救護活動を行う国際ボランティアの一員としてこの国に来たのだが、
現地にいた多くの戦線孤児を見て心を打たれ、
「この子たちをどうにか救ってあげたい」
と考えるようになった。妻も同じ考えだった。
ボランティアの皆に無理を言って、私達だけこの国に留まり、
すぐさま戦線孤児を収容する孤児院を設立した。
設立したての頃は溢れんばかりの子供たちが集まり、
凄く大変だったことを覚えている。
でも、日が経つに連れて私達に親しく接してくれる様になり、
また、何年か経った頃の設立日に設立記念として孤児院の皆から手作りの首飾りなどのプレゼントを頂いた。
子供たち一人ひとりが私達の為に作ってくれたので、
顔が埋もれてしまうほど大量に貰い、私も妻もとても嬉しかった。
やがて内戦も収まり、国も十分安定した。
余程の事が無い限り、もう再び荒れることは無いだろう。
孤児院に居た子供たちも皆たくましく成長し、
ここから自立する人も増えていった。
少し寂しいが、私たちも子供たちの自立を望んでいるので喜ばしいことだし、そもそも自立出来るほど成長したら追い出す予定だった。
設立記念日にいつも貰っていた花の首飾りも、
年を重ねるにつれて皆の顔が見える程少なくなっていた。
孤児院出身のプロボクサーから寄贈され、
いつも子供たちが遊んでいた大きなブランコも、
徐々に遊び相手が減っていった。
そして更に時は経ち、
来年に孤児院を去る一人の女性から、
花の首飾りを1つずつプレゼントして貰った。
これが最後のプレゼント。。。
そう思った私は、自然に涙をこぼしていた。
国は既に安定しており、ここに新しく孤児が来ることも無くなった。
もう、私達を必要としている不幸な子たちは居なくなったんだな、と。
確かに、私達二人だけになってしまうのは寂しかったのだが、
それ以上に、少なくともこの国から戦線孤児が居なくなった事に対し、涙を流し続けた。
側にいた妻も、同じ理由で泣いていた。
側に居た妻も、同じ理由で泣いていた。
— 皆様ご参加ありがとうございました!
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