『生きて』

＜簡易解説＞

カメオとカメコは生まれる前の胎児で双子。

カメオはカメコをへその緒で絞殺。

その様子を両親はたまたまエコー検査で見ていたが、それが殺人だとは想像できなかった。



以下、駄文蛇足。



カメオはまだ生まれる前の胎児だったが、自分がどのような状況に置かれているのかおおよそ理解していた。

なぜなら、外から聞こえてくる声や雑音が様々なことを教えてくれたからだ。

初めはほとんど意味が分からなかったが、未発達な聴覚が刺激されるうちに、いつのまに外の世界のことを推測できるようになっていた。



情報が欲しいとき、カメオは足の裏で柔らかな壁を蹴る。



「あっ、動いた」



すると、カメオに話しかける存在がいた。

『それ』は、いつもカメオのすぐそばにいた。



「今動いているわ。触ってみる?」



「本当だ。早く生まれないかなあ」



『それ』の近くには父親という生き物がいて、ふたりはよく話をしていた。

『それ』と父親は、カメオが胎外に出ることをとても楽しみにしているようだった。

カメオはあと60回ほど月と太陽が昇り降りすれば外に出ることができるらしい。

『それ』や父親と早く会ってみたかった。



しかし、カメオには一つ腑に落ちないことがあった。



「会えるのを楽しみにしているわ。カメオ、カメコ」



『それ』は、カメオに話しかけたあと、必ずそう言った。

どうやらカメコとは、自分の隣にいる物体のことらしかった。



なんなんだこいつ、邪魔だな。

『それ』や父親は自分だけのものなのに。



カメオは、日に日に大きくなっていくカメコのことを疎ましく思うようになった。



ある日、カメオはカメコを殺すことにした。

このままカメコと一緒に生まれたとしても、『それ』や父親を独り占めできないと思ったからだ。



カメオは胎盤から伸びているへその緒をカメコの首に巻きつけた。

以前、カメオが羊水の中でくるくる回って無重力を楽しんでいたとき、誤ってへその緒が自らの首に絡みついたことがあった。

その瞬間、頬が熱くなり、頭が破裂しそうになった。

あの先にあるものが、きっと「死」というものにちがいない。

まだ生まれてもいないカメオだったが、外からの情報ですでに「死」というものを理解していた。



「死」とは永久にいなくなることだ。

カメコはいなくなってしまえばいい。



カメオは明確な殺意を抱いて、両手に力を込めた。



「ねえ見て見てあなた。カメオとカメコがじゃれているわ」



母親は月に一度の定期健診でエコー検査を受けていた。

腹部に音波があてられ、画面にはカメオとカメコの影が映っている。

重なっているふたりの影は、たしかに仲の良い双子がふざけ合っているように見えた。



「本当だ。ふたりとも生まれる前から仲がいいな。うん、おや?カメコの首にへその緒が巻き付いているように見える。先生、これは大丈夫なんですか?」



父親はカメコの首辺りを指さした。

父親は双子に名前をつけたときから、ふたりのことを平等に愛していた。



「ええ、問題ありません。生まれる前の胎児にへその緒が絡まることはよくあることですから」



医者はそう説明すると母親の腹部からエコーの探触子を離した。

画面が暗くなって、ふたりの姿が映らなくなる。



「経過は良好ですね。本日の定期健診は終了です」



「ありがとうございました」



母親は満足そうに微笑んだ。

機械を通しているとはいえ、目で見てふたりの成長を確認することは、今までの人生で経験したことのない種類の幸福だった。





「またよろしくお願いします。帰りましょうあなた、……っとと」



「ほら、気をつけて」



立ち上がった拍子にバランスを崩した母親の肩を、父親が慌てて支えた。



「ごめんなさい、ふたりがお腹の中で暴れるものだから。……あら?」



その時、母親はお腹の中の異変に気がついた。



「カメオかカメコか分からないけれど疲れちゃったのかしら。今までふたりとも凄い勢いでお腹を蹴っていたのに、どちらか動かなくなってしまったわ」